美術の今—その行方— 我々はコロナ禍から何を得るのか

2020年07月06日 13:18 カテゴリ:最新のニュース

 
緊急アンケート企画第1弾 美術の今—その行方— 我々はコロナ禍から何を得るのか

【アンケート掲載作家一覧】※ジャンル別(敬称略、50音順)

【日本画】千住 博 土屋禮一 那波多目功一 西田俊英 平松礼二 福田千惠 村居正之
【洋画】相笠昌義 赤堀 尚 池口史子 入江 観 遠藤彰子 大津英敏 奥谷 博 笠井誠一 上條陽子 絹谷幸二 工藤和男 久野和洋 小杉小二郎 小灘一紀 佐々木豊 佐藤泰生 佐藤 哲 田中 良 寺坂公雄 中山忠彦 根岸右司 野見山暁治 福島瑞穂 藤森兼明 馬越陽子 藪野 健 山田嘉彦 山本 貞
【彫刻】大成 浩 澄川喜一 橋本堅太郎
【工芸】今井政之 十一代 大樋長左衛門(年雄) 武腰敏昭 三田村有純 吉田美統
【書】新井光風 池田桂鳳 井茂圭洞 薄田東仙 尾崎邑鵬 杭迫柏樹 黒田賢一 髙木聖雨 土橋靖子 仲川恭司 中野北溟 日比野光鳳 星 弘道 真神巍堂



「新美術新聞」7月1日号2・3面、7月11日号2・3面、7月21日号2・3面、8月1・11日合併号2面より転載。作家名(赤字)をクリックするとコメントにジャンプします。



相笠昌義【洋画家】
1939年東京生まれ

地球は大小さまざまな生命体で満ちあふれている奇跡の星だが、他の生物体や自然をないがしろにしているホモ・サピエンスに対する地球の怒りのような気がするが……。




赤堀 尚【洋画家】
立軌会同人
1927年静岡県生まれ

❶かなり自由を失われた日常生活。したがって制作のリズムは少し狂っている感じがする。

❸気の通う作家同士とは時折電話で会話してストレス発散をしている。

❹確たる予測は出来ないが—縮小されてゆくだろう。

❺ただ自分の絵を探るのみ。

❻戦後70余年の美術界(社会現象)を省みる時期ではないか。

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新井光風【書家】
日展理事、読売書法会顧問、謙慎書道会顧問
1937年東京生まれ

❶書は造形性と精神性の調和が必要だが、この時期の作品制作には気持的に困難が生じてくる。外に出ることが皆無になり、表現活動のリズムが大きく変化したが、この空白のような期間を新型コロナ終息後の、より豊かな表現活動を展開して行く上での準備期間としたい。

❷展覧会の中止は、人間の命にかかわる日本の一大事なことなので、やむをえない。だが、情熱的に展覧会出品に挑戦された若い人達のことを考えると、なんとも残念。

❸今、お互いにどうしようということではないようで、私は、一人静かに自らの足もとを見つめ直すいい機会だと考えています。

❺全身全霊をかたむけて、全力で作品を書く。それがすべて。何が出来るか。書のもつ力、文化芸術の力は、そこから始まると考える。人間が生きていく上で最も大きな力になるに違いない。

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池口史子【洋画家】
日本藝術院会員、立軌会同人
 
「コロナに思う」

世界中がコロナ禍に見舞われている。この未曽有の大事態に、全世界の人々が決定的な打つ手を持たない。こんな恐ろしい事を昨年まで誰が想像しただろうか?
私個人としては、昨年2月に主人(編集部注・堺屋太一氏)を亡くし、心の傷が癒えないまま、この大事件に突入した感じである。
今主人ならどんな事を考えただろうと思う。歴史が好きだったので、きっと歴史と疫病の関連を分析していたのかも知れない。非常に冷静な人だったので、誰もが想像しない経済に対してのユニークな解決策を考えていたかも知れない。
何もかも過去のものになった今だが、世間には幸せでない人があふれている。私の心の傷等たいした事で無いのかも知れない。
何時の日か、前のように当たり前の日常で皆と食事をしたり、集まったり出来る日が来る事を心より願っている。

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池田桂鳳【書家】
日展会員、読売書法会顧問、日本書芸院名誉顧問
1935年京都府生まれ

❶展覧会で規定される作品サイズや締切日など一切意識せずに、作品制作に挑むチャンスととらえ、大いに冒険してみるのも面白いかも。唯し、本筋は見失わずに。

❷止むを得ない。

❸目に見えない凶害物に人類は翻弄され喘ぎまくっている。新型コロナウイルスに限らず、この種の小悪魔から人類は逃れることはできないであろう。大人も子供もストレスを溜めている。この時期、心を癒し、気持ちに安らぎを与える役割が芸術美術に求められる。展覧会ではなく、小品でいいから心安まる作品を病院や隔離施設に寄贈するのはいかがでしょうか。

❹作品より名声・肩書きなどが評価規準になっているのが現実である。一組織に属している作家でいる以上はある程度仕方がないことであろう。名声・肩書きを求めようとする者はそれはそれで良し。本来はそのようなことは意に介さず作家それぞれが理想を掲げ、惑うことがあろうとも自らの道を歩むことである。日本ならではの美を求めつづけて行くこと、これがテーマです。

❺美術家はただ作品をつくるだけ。その作品がどう評価され扱われるかは解らない。涙を流して喜んでもらえるか。ゴミ箱に捨てられるか作品次第です。

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井茂圭洞【書家】
文化功労者、日本藝術院会員、日展理事
1936年兵庫県生まれ
 
「コロナに想う−芸術文化の力を信ずるとき」

この度、中国の武漢市で発生した新型コロナウイルス感染症のため、わが国でも緊急事態宣言の発布の下、経済界、芸術文化のあらゆる分野において大変な痛手をこうむりました。そして、芸術分野では博物館、美術館などは閉館し、諸団体で計画された展覧会や催し物は中止を余儀なくされました。
書道界においても展覧会、研究会はいわゆる三密の恐れがあり、人命にかかわることですので、当然中止となりました。いうまでもなく書の研究は室内での個人の研鑽ですので、外出の自粛は何ら影響のないことであり、時間の余裕が筆を持つ時間の増加につながることには違いありません。私も普段より多くの臨書ができました。その折に、恩師深山龍洞先生の「離れ小島で一人で書作することは、時間的には結構なことですが、書き上げた作品を当を得た場所で発表し、第三者の評に耳を傾けることも今後の研究には必要なことではないか」というお言葉をふと思い出しました。
先生は、「人間は個人では生活しにくい。何事も集団の中の一人である」という自説を持っておられました。今回、ひしひしと実感いたしました。
立場によって違いはありますが、先達、批評家同僚のご意見を拝聴することは、それに従うか否かは別にして、必要なことであると感じました。
いただいたご意見を取捨選択してより自己主張に傾くか、ある部分を取り入れるか、聞く耳を持って立ち止まる機会を与えてくれたと考えるか、いずれにしても人間は独りでは生きてゆけない動物だそうですので、人との接触はいい作品を制作するためにも必要なものではないかと考えております。
パンデミックの後は今までのような書道界の発展、書の普及については大きな変化が生じるものと思っております。
指導法についてもオンラインの利用も考えねばならないでしょう。スマホを使えない私も、昨年の夏に機械だけは購入しておりましたが、今回必要性を痛切に感じ、もっと書の勉強に使いこなせなければとの思いに至りました。
科学の世界は勿論のこと、スポーツの分野でも裸眼では確認しにくい一瞬の出来事を機器を活用する事で選手、コーチは技術の向上に役立てております。
書道の世界におきましても、今までは技術、勘を養うことに重心が置かれていたため、あまり重要視されていませんが、今後は機器を用いた指導も広まっていくのではないかと思っています。
展覧の計画や書の研鑽において機器を利用することで、人間の目では検知しにくい部分、例えば筆の一瞬一瞬の動き、つまり筆の外形がどのように変化して生きた線が引かれていくかという様子を静止した状態で観察できるなど、あらゆることについて時間をより上手に使う勉強法が取り入れられる時代になると思います。
今はお互いに、不安なことばが先行しておりましたが、心を和ませ、勇気づけてくれるのが芸術の持つ役割の一つですので、ほかの芸術分野の人々と共に書家も斬新な作品を発表し続けましょう。
英国の詩人シェリーの詩の一節、「冬来たりなば春遠からじ」のように、ピンチはチャンスであるとの思いで今後の書道界、そして魅力ある令和の書を創造しようではありませんか。
以上、思いつくままに。
 
井茂圭洞《七人のをとめ》井茂圭洞《七人のをとめ》101.0×99.5cm
倭の高佳士野を七行くをとめども誰をしまかむかつゝゝもいや先立てるえをし枕かむ(古事記)
書業六十五年記念 井茂圭洞展(和光ホール)



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今井政之【陶芸家】
文化勲章受章者、日本藝術院会員、日展顧問
1930年大阪府生まれ

新型コロナウイルスの悪魔が世界中の人々を震撼させている。早く名薬が発明されることを願っております。夏の高校野球まで中止となり、真夏の楽しみが又一つ消えた。百年に一度の災難が早く消滅するのを願っております。私は家内と共に広島の窯場にて人目を避け、日展制作に精進しておりました。お蔭様で仕事が捗り、コロナ消滅を静かに待つばかりです。

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入江 観【洋画家】
春陽会会員
1935年栃木県生まれ

❶不安が無いわけではありませんが、以前にもまして静かに制作を続けています。

❷予定の展覧会の中止や延期は残念ではありますが、団体展の作家が制作を一年単位で考える習慣を見直す好期だとも思います。

❸顔を合わせて話が出来ないもどかしさはありますが、電話で連絡を取りあっています。

❹人間の叡智を信じれば、この状態は一過性のものと思います。この経験をふまえて美術家がそれぞれの仕事を果たすことによって、それなりの成果が生まれる筈だと思います。

❺あくまでも自分に忠実に沈潜すること以外に何が出来るでしょうか。

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薄田東仙【書家】
毎日書道会理事、全日本書道連盟理事、日本刻字協会会長
1948年新潟県生まれ

❶出張が中止となった分、家での制作が出来た。

❷しかたがない。

❸電話、メール等で。

❹初めての事なので全くわからない。

❺人の心の「いやし」となれる様に。

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遠藤彰子【洋画家】
二紀会委員、女流画家協会委員、武蔵野美術大学名誉教授
1947年東京都生まれ

❶もともと「三密」とは無縁でしたので、創作活動自体にはあまり影響を感じておりません。あえて言うなら、営業自粛中の画材店で油絵具が買えないぐらいです。なるようにしかならない時期だからこそ、自分の表現をもう一度見つめ直し、個人として出来ることを坦々とやっております。

❷3月末から開催予定だった鹿児島市立美術館での個展は来年春に延期、笠間日動美術館でのグループ展も緊急事態宣言中は休館となってしまいました。これらの事業に関わってくださった多くの方々のご苦労を思うと胸が痛みます。お世話になっている方々に対しては、今後も何らかの形で協力していきたいと思います。

❸マスクが全然売っていないときに、地域の子供たちに簡易的なマスクを作ってさしあげました。お母さんは喜んでいましたが、子供はちょっと嫌そうな顔をしていたのが印象的でした。

❹美術団体は、より団体としての社会的意義が問われ、また、作家は、より個人としての資質が問われることになると思います。すべての物は絶えず生まれては変化し、移り変わっていきます。その勢いがさらに加速するのではないでしょうか。この変化せざるを得ない状況に、「災い転じて福となす」と出来るかどうか、それぞれに問われているのだと思います。

❺問題を共有する日が来るまで、この現実としっかりと向き合い、深く掘り下げることが重要だと思います。社会にとっても、作品にとってもです。

❻先の見通しが立たない状況の中で不安はあるものの、作家である以上、いつでも打席に立てるだけの準備をしておくだけです。今が踏ん張りどころだと思います。

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大津英敏【洋画家】
日本藝術院会員、多摩美術大学名誉教授、独立美術協会会員
1943年福岡県生まれ

❶美術大学の勤務が終わり、本来の画家生活の毎日となりました。2022年初春に予定している個展のための作品制作と、独立展出品の大作に取り組んでおります。

❷創作に対する思いが強くある一方で、不本意な事態により公募展、グループ展が延期や中止となることは残念なことです。

❸特にありません。画家としてこの度のことでお役に立つことがあれば参加したいものです。

❹これまでの日本の美術の世界を考えますと、賢明な方向性を導くことが思案されます。

❺長い日本の歴史を改めて考え、芸術・文化に高い見識と実際を示してきた日本を信じ、制作と発表によって貢献するべきか。

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大成 浩【彫刻家】
国画会会員、日本美術家連盟理事
1939年富山県生まれ

❶表現活動とは何か、人間活動とは何かを反芻している。長年やってきた作家活動が、人生にとっても必須事項であるかどうかということが、毎日頭を巡っている。

❷春の公募展が中止になった。

❻ドイツやフランスでは、「芸術は社会に不可欠という共通認識」がある。それ故、今回のパンデミックでも芸術家への支援策がすぐに打ち出された。日本も、そうありたい。

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十一代 大樋長左衛門(年雄)【美術家】
日展特別会員、日本現代工芸美術家協会常務理事
1958年石川県生まれ

❶海外での個展、ワークショップ、講演(ブラジル、スリランカ)、国内でのスケジュールなどがキャンセルとなり、全ての時間を制作と執筆に当てています。言い換えれば、作家としては充実した日々を過ごしています。

❷第59回日本現代工芸美術展は来年へ延期となりました。緊急事態となるかなり前であったために、予期が難しく苦渋の判断となりました。▶金沢21世紀美術館で開催予定となっていた日展石川会展5/23〜(日展巡回展)、日本現代工芸美術展石川会展 6/16〜 ▶金沢市内在住の現代工芸美術家協会に所属する円会展(金沢・香林坊大和)は中止となりました。▶十一代大樋長左衛門の個展(日本橋髙島屋)6/3〜 緊急事態解除直後となり開催。

金沢市デジタル工芸展の企画
新型コロナウイルス感染拡大は、工芸を営みにする人々にも衝撃的な影響を及ぼしています。
そこで、金沢市と金沢市工芸協会(会長 大樋陶冶斎)は、インターネット上で金沢を拠点とする工芸作家や職人を対象としたデジタル工芸展を催します。未だホームページを持ち得ない工芸家が多い中で、これを契機として金沢市内の工芸家の一覧となるサイトを立ち上げて行くことにもなります。インターネット環境の操作等に慣れない作家には、出品に関してのサポートも実施します。
作家の制作等を奨励するために、この展覧会へ参加する制作費として金沢市は10万円(1人1回限り)を助成することにもなりました。
展示期間(配信期間):令和2年5月29日(金)~3年3月31日(水)
展示場所:https://kanazawa-dkogei.com
主催:金沢市、金沢市工芸協会
応募期間:令和2年5月15日(金)~6月30日(火)必着
アートマスクプロジェクト
金沢市工芸協会では、約10人の協会に所属する作家にマスクのイラストを描いてもらい、それを実際使えるマスクに縫製(留学生や身障者)して販売し、売上を医療の最前線で新型コロナウイルス感染症に立ち向かう医師や看護師をはじめとする医療従事者の方々に寄付します。
それとともに、イラストを描いた作家には工芸協会が制作費を助成するため、新型コロナウイルスの感染拡大による影響を受けている伝統工芸と伝統芸能の支援も同時に行うプロジェクトです。
早ければ2020年5月中には全員の図案が完成し、染色縫製を行い7月頃には実際に販売予定です。

❹新型コロナウイルス感染拡大は、世界的に大きな影響をもたらしています。経済の再興が必要不可欠であり、アートへの関心は変わらずともアートマーケットは一部を除き衰退することが予想されます。その除外される一部とは、現代アートの領域であると私は推測しています。日本の美術や工芸は、それらの視点を重視しながら推移していかなければならないと考えます。
ほとんどの公募展において、経済的な理由などから出品者は激減する可能性があるのではないでしょうか。作家同士が絆を深め、混乱する社会を乗り越え、リセットされた魅力ある公募展としていかなければならないと思います。

❺コロナ禍によってデジタル化が進み、未完成な未来社会が現実となっています。ソーシャルネットワークには、事実とは異なる誤報や捏造が多く、知らぬうちに人々を分断させ、誹謗や中傷を繰り返しています。結果、人は傷つき病んでしまっているのです。
人は、近いうちに必ず救いを求めます。その時こそ、心を表現するリアルなアートが必要なのではないでしょうか。
これから、意を強くした作家のネットワークが進むと思います。そんな彼らのアートによって、人々の心の空虚が埋められていくのかもしれません。おそらくこのことは、日本だけではなく、世界的な傾向となる気がします。

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奥谷 博【洋画家】
文化勲章受章者、日本藝術院会員、独立美術協会会員
1934年高知県生まれ

❶普段とほとんど変わりなく生活しています。アトリエは住まいより歩いて4、5分のところにあり、行き帰り2、3人に会う程度ですので、毎日アトリエに行き来し、7、8時間の制作ペースという普段の生活と変わりありません。県をまたいで東京での会議、会合、展覧会を見る機会は少なくなり、その点、作家としての制作に今までより集中できます。

❷独立展は開催か中止にするか運営委員会で評議中ですが、7月初旬には決定しなければならないでしょう。十果会、巨匠展、太陽展などは現在のところ中止はなく、巨匠展は日を延期しています。パーティー、ギャラリートークは行っていません。

❸作家同士は、電話、ファックス、手紙での連絡となり、私個人としては普段とあまり変わりありません。

❹国内の美術界が今後どうなって行くとか、現在あまり考えません。私は作家で自分が表現したいいろいろなことを追求して行くことで現在いっぱいです。これから考えてみます。

❺美術家として何が出来るか。自分の納得出来る制作をして、それを見て生きる力を与えられる様な作品を描きたいと常々思っています。ワクチン、新薬が生まれて来ることを祈るのみです。先日、美術年鑑社の油井一八さんと何が出来るかと話しました。ノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智先生が関係している「COVID-19対策北里プロジェクト基金」の話になり、新美術新聞の企画「日本の四季」特集に参加している作家達に協力してもらい、気持ちばかりでも出来る限りの寄付をしてはという話になりました。それが実現することは、作家の一人としてうれしいことです。
 
奥谷 博《現世来世のエスキース》奥谷 博《現世来世のエスキース》2000年 40.0×105.0cm 鉛筆・紙 個人蔵


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尾崎邑鵬【書家】
文化功労者、日展顧問、読売書法会最高顧問
1924年京都府生まれ

❶なるべく家に居り、外出を控えております。主催する書展も中止となり残念ですが止むを得ません。連日1時間、爨龍顔碑*の臨書をしております。楷書でしっかりとものにしたいと思っております。
*爨龍顔碑(さんりゅうがんひ):中国・南北朝時代、南朝の宋で大明2(458)年に建てられた地元豪族の墓碑。

❷止むを得ません。明年にかけて準備します。

❹一年で元通りとはならないかも知れないが、以前の状態にもどると思います。私共もそのように努力しないといけません。

❺政府、知事の言っておられる事を100%は出来ないかも知れないが、極力それに従うように活動しなくてはいけません。そのように努力します。

❻読売書法展、由源展の出品作品を書かないのですから気分的に少々ふぬけの状態でしたが、楷書を懸命に練習しており気分はしっかりして来ました。
 
尾崎邑鵬《梅花の歌三十二首并せて序》尾崎邑鵬《梅花(ばいくわ)の歌三十二首并(あわ)せて序》288×80cm

天平二年正月十三日に、師老(そちのおきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まりて、宴会を申(の)ぶ。時に、初春の令月にして、気淑(よ)く風和ぐ。梅は鏡前の粉(ふん)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす。加以(しかのみにあらず)、曙(あさけ)の嶺に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きぬがさ)を傾く、夕(ゆふへ)の岫(みね)に霧結び、鳥は縠(うすもの)に封(と)ぢられて林に迷(まと)ふ。庭に新蝶(しんてふ)舞ひ、空に故雁帰る。
ここに天を蓋(きぬがさ)にし地(つち)を座(しきゐ)にし、膝を促(ちかづ)け觴(さかづき)を飛ばす。言(こと)を一室の裏(うち)に忘れ、衿(ころものくび)を煙霞の外に開く。淡前に自ら放(ゆる)し、快然に自ら足りぬ、もし翰苑(かんゑん)にあらずは、何を以てか情(こころ)を攄(の)べむ。詩に落梅の篇を紀(しる)す、古(いにしへ)と今と夫れ何か異ならむ。宜しく園の梅を賦して、聊(いささ)かに短詠を成すべし。

万葉集梅花の歌三十二首の序 令和元年六月 95歳 邑鵬かく(万葉集)第43回由源社全国書道展(大阪市立美術館)



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笠井誠一【洋画家】
立軌会同人、愛知県立芸術大学名誉教授
1932年北海道生まれ

❶平時と余り変化はない。公務や会合は中止になっても文書の往来に替わっただけで雑事はいつも通りだ。展覧会巡りの回数が減った分生じた時間は創作や溜まった書類の整理や読書等、時間は埋っている。

❷4月末の個展(日本橋三越本店)と5月初めの個展(福岡三越)が延期になり、影響は蒙っているが、より深刻な被害を受けている業種も少なくない筈だ。

❸作家の集まりや発表活動が出来ないのは困るが創作活動には支障が無かろう。外出も難しい折、仕事に集中し、元気を維持して時期を待つしかなかろう。

❹此の騒ぎが収まらないと今後の予測は立たない。低迷がつづき先の見えない美術界にはこれを機に大きな変容が待っているだろう。

❺人、各々立場が違い一様ではないが、私は戦中、戦後から変化の多い時代を過して来ている。今は耐えることしかない。しかし各々自分に出来る事は沢山ある筈だ。力を貯えて次期に備えるしかないだろう。

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上條陽子【造形作家】
1937年神奈川県生まれ

❶この状況は制作とは無関係ではない。あまりに大きな出来事、コロナ禍 COVID-19をどう作品に表現するか模索していきたい。たまっていた仕事(来日したガザの記録集)をこの際完成させたい。

❷かつてなかったことに多くの人がとまどっていると思う。制作意欲の減退、体力、金銭、家族の問題、また、会議、会合も開けず、話し合いも出来ず、画材の購入、搬入出等、大きな社会との関わりに個人の問題だけではないと改めて思う。

❸やりきれない思い、淋しい思いが募る。皆で飲んだり語り合ったりする潤滑油が必要だ。

❹変わると思う。少子高齢化の波、AIの利用、コロナ禍と相まって加速するのではないか。絶滅危惧種(画家のこと)の生き残りとして不安を感じる。政府の美術界への理解度を高め、経済支援をしなければ日本の文化も危ぶまれる。

❺美術館、文化施設、図書館、本屋も休業。全く淋しい限りだ。砂漠の中をあてもなく歩いているようだ。水もなく、虫の声、鳥も飛ばず、花や樹木にも触れず、それでも生きる喜びとは何なのだ。画家は思索と模索を続け、描き続ける。

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絹谷幸二【洋画家】
文化功労者、日本藝術院会員、独立美術協会会員
1943年奈良県生まれ

❶アトリエに閉じこもり、制作に打ち込んでいます。画家は絵の中の自身の夢の中に住んでいますので「引きこもり」を悪いこととは思っていません。

❷6月の個展は来年に延期しました。再びじっくり一年をかけて制作出来ます。良い決断だと思っています。

❸外に出られませんので、友人知人、地域の方とは電話やスマホで連絡を取っています。中にはコロナにかかられた人もいますので安じています。

❹画廊が立ちゆかなくなったり、苦しい時代が続くでしょう。しかし画家は、その様な中でも人々に夢を希望を! 元気をあたえることが出来ます。

❺芸術は心の世界。つらい現実の外にあります。夢を絵で語りたいと思います。

❻新しい時代に向かって進取の気性を持って創造活動にうち込みましょう。

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杭迫柏樹【書家】
日展名誉会員、読売書法会顧問、日本書芸院名誉顧問
1934年静岡県生まれ

❶古典臨書(全臨三昧)
・臨書は吸う息
・制作は吐く息
なので存分に吸う息を……

❷中国での「日中韓オンライン名家書法展」(計100名)に出品。開幕式(京都・壬生寺)に出席、揮毫(日本側主催=日本中国文化交流協会)。
出品作 1.温故知新 2.積善之家必有餘慶

❸中国詩人・林宏作氏との交流〈氏の作詩を迫樹が書作品化〉
連日のように継続中

価値感の転換
「書」の場合
[公募展主体]
   ↓
[生活空間に生きる書(暮らしの中の書)]

❺混沌からの出発
◎迷ったら原点にかえれ
三原則
1.多角的に見る
2.長い目で見る
3.根本を見る

❻知人に別紙「朝の来ない夜はない」を手紙の代わりに送っている。

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工藤和男【洋画家】
日展特別会員、創元会顧問
1933年大分県生まれ
 
「アトリエにのこる出品作」

ここ別府の地に居を構えることになり、四度目の転居の末、やっと最後の棲み家と言える所を探し当てたところです。別府湾を眼下に見下ろし、湯煙の立つ別府市街や猿の高崎山を右手に、佐賀関の煙突や、晴れた日は小生が高卒後しばらく青雲の志をはぐくんだ四国の山々まで見渡せる実にすばらしい景観が展観できるところです。
このところ別府もご多分に漏れず、新型コロナウイルスの緊急事態宣言を受け、湯の街の賑わいはどこにもなく、市内の観光名所も閑古鳥が鳴く始末。一体この先どんなことになっていくのかと不安になります。大分ではクラスターが発生し、医療センターの患者や職員や医師や看護師まで罹患していく始末でした。武漢と姉妹都市を結んでいたせいかとも思いましたが、特に文化面では交互に人の行き来は有りましたが、間髪をいれず外国人の流入を禁止しました。大分を中心に他郡市ではクラスターが発生し瞬く間に60名の多くを数えました。別府市は感染者は今のところ1人だけにおさえ込まれています。観光客を関連企業の休業により、ホテル、旅館を始め観光関連業者の全面的な協力がなければなかなかこうはいかなかったと思われます。数日前に緊急事態宣言が解除されましたが、まだまだ終息したわけではなくこれからも全く油断はできません。
今年は4月1日より国立新美術館において第79回創元展が開催されることになっていましたが、この感染症によって中止となりなんとも残念と云うほかありません。
そのため昨年から力を込めて描いて来た作品も、日の目を見る事なく、今はアトリエの壁に寂しく立て掛けられています。大分支部の小品展も6月9日から開催予定になっていましたがやはり中止となり、このコロナ感染症はいつ終わるのかと大勢の人が不安に思っていることと思います。早く予防接種ができる日が来るよう皆で祈るのみです。2回目の緊急事態宣言が出ないよう。三密を避け耐え続けましょう。

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久野和洋【洋画家】
立軌会同人
1938年愛知県生まれ

❶アトリエでの制作の日々において、日常生活は、以前と基本的に変わっていません。コロナウイルス禍によって美術館、画廊が閉ざされるなど、もろもろの問題から感じるストレスから、心身の健康をなんとか維持するには、制作に集中する、当たり前の日常を大切にするほかないと思っています。

❷5月20日から、東京で個展開催の予定でしたが、コロナウイルス問題による緊急事態宣言延長にともない、個展は7月に会期延長となりました。

❸親しい画家仲間、友人、後輩たちと、時折、電話で語り合ったり、メールで近況を伝えたり、安否確認(?)を含めて、やりとりをしています。ほっとできる大切な時間となっています。地域社会との関わりは、ほとんどありません。

❹事態は複雑で重い問題にて、予測は控えます。

❺美術家にとどまらず、芸術文化に関わる人々は、現実にひろがるさまざまな試練と向き合い、それぞれの立場で忍耐強く、ベストを尽くすほかないと思います。

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黒田賢一【書家】
日本藝術院会員、日展副理事長、読売書法会最高顧問
1947年兵庫県生まれ

❶外出を控え、会議等は電話等を利用し、門下の指導は中止したり通信に切り替える等、コロナウイルス感染拡大を防ぐために行動を自粛している。作家としては、通常生活が戻った時に備えて作品制作を行う一方で、ふだんより時間にゆとりがあるので、古筆臨書や書を学ぶ人たちの参考となる資料作成等にじっくり取り組んでいる。

❷コロナウイルス感染拡大を防ぐためにはやむを得ないことである。ただ、展覧会等が中止・延期となる中で、創作意欲や目標を失って書を離れる人たちがいる。今後もそうした人たちが増える可能性は大きい。また、表具店、書道用品製造・流通業者も苦境に陥っている。書道文化そのものの危機である。現状が続けば、日常生活を取り戻しても、書道文化の活力は取り戻せなくなってしまう。状況次第ではあるが、早期再開に向けて展覧会運営等を工夫する必要がある。

❸学校においては、休校の影響で書写・書道教育が中断している。学校再開後も、遅れを取り戻すために主要教科に重点が置かれ、書写・書道教育が十分に行われないことが予想される。また、書道部活動も停滞している。社会においても、展覧会活動の中止・延期等で活気が失われ、経済的なダメージで書活動にかかる経費を負担しにくくなっている。書作家としては、授業補助等の書写・書道教育を支援する取り組みを行うべきである。また、書作家同士やマスコミとの連携によって、参加者の経費負担が少ない地域の書道展や書道教室、ミニ解説会等のイベントを工夫し、書道文化の活性化を図りたい。今、医療従事者をはじめとして最前線で頑張っている人がいる。経済的に困窮している人もいる。そんな状況を踏まえ、病院や役所等の一般の人が集まる場所に、書家なら「希望の持てる言葉」を、画家なら「明るく元気の出る絵」を展示するのも、誰かの力になれるのではないか。

❹経済的ダメージにより、美術展等は出品者の激減が予想される。また、美術では生活できないという理由で、若い世代が美術を指向しなくなる可能性も高い。衰退が懸念される一方で、美術の価値が再認識される希望もある。生きるために衣食住は不可欠だが、自粛自粛の日々の中で、ただ生きるのではなく豊かに生きるには文化・芸術が必要だと実感している人が多いと思われる。ピンチはチャンス。衰退か隆盛かは、舵取り次第ではないか。

❺魅力的な作品を制作することに尽きる。その作品をどのように提供するかは、美術館に展示するという従来の形に加え、様々なネットワークを利用して作品を鑑賞者に届けるような取り組みも探る必要がある。自粛の日々を少しでも快適にと、音楽家やスポーツ選手がYouTubeで動画やメッセージを配信している。美術家も自宅でできる美術活動や自宅で楽しめる美術情報を流せばいいのではないか。また、個人ではできないが、経過措置として公募展の出品料軽減を図る、若い世代を育成し支援するシステムを構築する等、短期的・長期的な展望をもった美術振興方策を実施できたらと思う。

❻コロナウイルス感染状況とその影響は地域によって異なる。また、第2波、第3波も懸念される。美術界においては、全国的な取り組みに加え、都道府県単位、市町村単位の小さな枠組みでの取り組みを工夫することで、コロナ禍に対応しやすくなるのではないかと考える。

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小杉小二郎【洋画家】
1944年東京都生まれ

❶今は中目黒、田原町そして伊豆高原で制作しています。

❷今年9月中旬から日本橋髙島屋での個展を予定してますが延期になるかもしれません。

❸絵描き仲間とは電話、メールで連絡しあっています。

❹国内外の絵画展が減少するのではと心配しています。

❺今まで以上に真摯に制作をと思っています。作品で世の中を少しでも明るく出来るようにと願っています。

❻戦時中も一心に描き続けておられた作家達に思いを馳せます。

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小灘一紀【洋画家】
日展特別会員、日洋会理事長
1944年鳥取県生まれ

❶相変わらず、16年前からの古事記を絵画化することに時間を費やしている。神話は人間の崇高な生き方の記憶を紡ぎ出す作業である。古代人との心のやり取りを通して国の背骨を知り、美と義を兼ねそなえた絵画の課題に取り組んで悪戦苦闘している。

❷5月末からの日洋会展、選抜展(銀座アートホール)は中止になりました。9月の日洋会新人展(ぎゃらりいサムホール)はまだわかりません。

❸地域の美術展、美術館も中止、出歩くこともままならないので美術家同士の交流はできません。残念に思っています。そのかわり読書を通して人間学を勉強し、昔の偉人と交流しています。

❹世の中の考え方が一変するかもしれない。ペスト等不合理きわまりない中世に多くの偉大な芸術家や思想家、宗教家が生まれている。商品経済と結びついた美術だけでなく、真の芸術とは何かと問うような美術界になっていくだろう。▶︎中世の芸術家が魂の無限な成長を目指したように、人間の生と死、希望、悲しみ、情熱といった人間の魂と対峙して「不朽の真理」を探究していく美術が必要となる。科学技術(AI・IT)を使用した作品も良い面もあるが、今こそ、人間が原始の野蛮さを取り戻し、血のにじむような命がけの芸術として、進歩でなく人間が進化していく芸術の時代を望みたい。

❺私は現在の日本について深く憂慮する者である。私もふくめ日本人の頽廃を痛感する。コロナウイルスは大変な事態だが、これを機会に人間の生き方を考えてみる時間だと思っている。▶戦後の経済発展の中で物質至上主義・消費・大量生産・グローバル化を通して美術も盛んになってきたように見えるが、一方で伝統文化の良さを見失ってきた。目に見えないものを大切にする精神を忘れ効率主義となって、人間を越えた「絶対的な存在」を感受できる表現は芸術しかない。▶今の日本人は先祖が作り上げてきた「低く暮らし、高く思う」という哲学を見直し、清貪の中にも「風雅」の美意識を持つべきである。▶芸術家は作品を通して生き方を語りかけたい。今後、美術界・美術家は真の文化の豊かさを伝える使命がある。宗教を失った現代において芸術だけが救いとなる。

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佐々木 豊【洋画家】
国画会会員、日本美術家連盟委員
1935年愛知県生まれ

❶カルチャーセンターとスポーツジムが休みなので、まるまる自分の時間。8時起床。9時半まで、散歩と筋トレと朝風呂。朝食後、2時まで制作。のち、30分のサッカー場の壁に向かってボール投げ。昼食後、横浜駅まで2キロ歩いて、夕刊フジと日経を買う。8時夕食。11時まで制作。12時就床。

❷国展は中止なので、8月の髙島屋での「個の地平」展の制作に励む。

❸カルチャーセンターの受講生から電話あり。「家で描けばいいのだけど描けない。早く教室が始まらないと気が狂いそう」。

❹祖母はスペイン風邪で死んだ。日本だけで40万人が死んだとされる。だが、ウイルスが大正美術の流れを変えたという記述はない。新型コロナウイルスも同様。台風一過、けろりと忘れて、美術界もこれまで通り、生でだらだらといくだろう。

❺何もできない。バンクシーのようにメッセージ性のみを目的とする表現者ではないので。目に見えないウイルスを主題に何かを仕かけるのは至難の技である。

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佐藤泰生【洋画家】
新制作協会会員、和光大学名誉教授
1945年大連生まれ

❶自粛生活。制作と読書と散歩。今は少し疲れ気味。人が人に会うことがある意味いけないことになってみて、人としての一番大事なものが失われたように思った。困難の時の人間のありようなど、色々な作家、詩人や画家の体験記や作品を読んでみた。惨禍に強い人もいるし弱い人もいて、それぞれ、それをそのまましっかりとした表現にしていることに改めて驚かされた。

❷秋の第84回新制作展は中止。個展は状況次第。今のところ11月の予定に向かって制作はしている。コロナの後の展覧会は今までのものとは違ったものになるかもしれないし、人の興味や価値観の在り方も変わって行くのだろうか? 見慣れた風景も変わって見える不思議さ。

❸メール、電話、手紙など。

❹変わって行くと思う。

❺世界中で色々なことが起こり、未来のない不自由な時代に突入しているようだし、人とのつながりや共感などの大事さが一層強まると思う。

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佐藤 哲【洋画家】
日本藝術院会員、日展理事、東光会理事長
1944年大分県生まれ

❶あらゆる事が中止や延期になっているので、できるだけ自宅にいます。よって作品制作はいつもより順調です。

❷第86回東光展(4/26~5/10)の中止。

❹すべての業界において落ち込みが激しいこの頃、美術界も大変厳しい状態にありますが、作品をつくりたい作家の気持ちは抑えきれないので、必ず復活できると信じています。

❺絵などはこの様な厳しい時世に何も役立たない気がするが、こんな時こそ、文化の大切さを思い知ることができます。経済優先の政治のつけは、こんな形であらわれてしまいました。今こそ、政治家も文化の大切さを知るべきだと思います。

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澄川喜一【彫刻家】
文化功労者、日本藝術院会員、新制作協会会員
1931年島根県生まれ
 
「展覧会開催を第一に目指して」

多くの関係者の方が努力してくださり、私としても期待をしていた横浜美術館での個展*が、開幕から2週間で臨時休館となり、結果的にそのまま閉幕となりましたことは本当に残念でした。これほど残念だと感じたことは、過去に無かったかもしれません。もう一度、このような展覧会のチャンスがあればと願っています。
美術館は空調の管理が徹底しており、基本的には人々が大声で会話をしたり飲食をする場所ではありません。中止はやむを得ないことでありますが、美術館の安全性がこの機会にもっと広く伝われば良かった。私の作品は木を素材としたものが主です。木は呼吸をしています。これも空気を良くしていたはずだと思っています。
とはいえ、今はくじけずに新たな制作を進めています。秋には東京で個展の予定もありますので準備をしていきたい。
現在、各種企画展や公募展について、秋のものでも中止・延期の発表がされ始めています。関係者の安全を優先するとそのようになりますが、一作家としては発表機会を失うことが残念でなりません。難しい問題ですが、希望をもってぎりぎりまで調整はできないものか。展覧会を開くことを皆で第一に目指していってほしい。
多くの作家は前よりも少しでも良い作品を作りたいと願い、それが叶えば喜びを覚え、励みになります。作家の「命」のためにも、展覧会の開催は不可欠なことなのです。
*編集部注「澄川喜一 そりとむくり」展は横浜美術館で2月15日~5月24日の会期予定であった。

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千住 博【日本画家】
京都芸術大学教授
1958年東京都生まれ
 
「美術のゆくえ」

コロナ禍の新しい日常は、オンライン、デジタル化の流れを加速しました。
一時的な緊急避難ではなく、それが多くの人が予測していた未来だったため、2019年までの世の中に「戻る」ことなく、社会はデジタルを軸にして更に展開していってしまうと言われます。
しかし、今のデジタルは、視覚と聴覚に偏った不完全で未完成なメディアです。
これで人間存在の全てには対応できません。
デジタルだけでは人間は生きていけないのです。
歴史を紐解き、芸術の足跡を考えてみると、その時その時の人間性に不可欠な意識や提言を、芸術によって社会が補完する形で、世界は展開してきたことがわかります。
これからの時代、デジタルでは表現できないことが、主な芸術の役割になるのではないでしょうか。
すなわち人間の五感にきちんと対応する立場を担うのが、これからの芸術という存在なのではないか、と私は思うのです。
触覚、痕跡、温かみ、意外性、驚き、香り、味、一回性、即興性、実感、ハンドメイド感……デジタルにできないことは様々ですが、これらに重なる様々な芸術の属性が真価を発揮する時代が来ているのだと私は見ています。
絵画の素材感や工芸、彫刻の、ややもするとまどろっこしさを伴う表現も、むしろアナログな人間存在に対応する温もりのある価値でもあったのでしょう。
個人的には、コロナ禍の日々、彫刻の持つリアルな試行錯誤を経て形になってゆくプロセスに、とても惹きつけられています。
そして工芸の手に取った時の感触は、3Dプリンターでは到底味わうことのできない豊かさをもたらしてくれることを知りました。
油絵のマチエールは、その人らしさの溢れる思いの表れであったと改めて気付きました。
そして毎日、自分で岩絵の具を溶き、和紙に塗る感覚が、私には確かさのある幸福感をもたらしてくれることを実感する毎日です。
かつて、岡本太郎は、芸術とは煎じ詰めれば人間であり、芸術的感動とは、人間的感動だと看破しました。
岡本太郎の言葉が、非人間的なデジタル優位の社会で人間らしく生きていくために、今何が大切なのかを考えさせてくれる重要な鍵になるのではないでしょうか。
 
千住 博《Cliff》千住 博《Cliff》2020年 145.5×112.1cm 雲肌麻紙、天然岩絵具、プラチナ泥


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髙木聖雨【書家】
日展理事、読売書法会常任総務、謙慎書道会理事長
1949年岡山県生まれ

❶新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令され、今まで経験したことのない自粛生活となりました。作家にとっては大変なロスタイムですが、このピンチをチャンスにとらえ、事前に作品制作、原稿創りをし、ポジティブに前向きに生活しています。

❷公募団体展の中止が相次いでいます。我々の主催いたします第82回謙慎書道会展は3月上旬に審査を終了、開催を待つばかりでしたが中止といたしました。作品制作された公募の皆様に展示されないと言う申し訳ない気持ちで4000人の撮影を行い、各自ブロマイドを5枚ずつ配布し、開催の代わりといたしました。一度作品制作をお休みすると次年度大きな影響が予想されます。その為、お弟子さんに運筆など動画配信したところ、大いに喜ばれ、筆と親しんでいただいているようです。

❸自粛のため作家同士も連携は難しく、研究会もできない寂しさがあります。コロナウイルスは本当に怖い病です。皆様くれぐれも三密を避け御身体ご自愛ください。

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武腰敏昭【陶芸家】
日本藝術院会員、日展理事
1940年石川県生まれ
 
「近くで技を、離れて感性を」

新型コロナウイルスで国民全体が不安と危険の中、日々を過しております。美術関係の作家の方々も大変だと存じます。
私も同様ですがアトリエに籠り、現代の生活空間の中でふさわしいデザインを考える良い機会ととらえ、毎日を前向きに過ごしています。一度の焼成に必ず一点、テストとして新しい作品を入れ、一窯一試を大切にし、結果を楽しみに努力を重ねております。
工芸美術は近くで技を、離れて感性を、つまり近技離感が最も重要だと思い自分の信念を貫き制作を続けて行きたいと思っています。
只、悪夢の様な現況が早く終息するのを祈るばかりです。

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田中 良【洋画家】
二科会理事長
1923年茨城県生まれ

❶風景を主として描いてる者としては、出歩くことが制限されている今日、現地でのスケッチが出来ないことが残念。ただ現在は、過去沢山スケッチした中から、自分のモティーフを選んで制作を続けているので、それ程困っているとは思わない。殆んど毎日アトリエで制作しています。

❷会としても、事務局を中心にして、各理事への連絡、会員とのコミュニケーションを密にしている。会場等の閉鎖が解かれるまでの辛抱です。

❸電話、メール、手紙等による情報交換、連絡を常に行っている。

❹個人はそう影響は少ないと思うが、個展等で生活している作家は相当影響があると考える。美術団体は、それなりに続いていくと思う。

❺青少年達へ
現在の若者達は、それぞれの器具等を自由に扱い、それ等からとてつもない物や画面を作り出しているが、やはり生(なま)を見、感動する日常から美を創り出すことに向かわせたい。子ども達に接する機会を多くつくる。又、年齢を重ねた方で、ものを作る、育てる等の楽しみを、自分も参加して共に進んで行きたい。

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土橋靖子【書家】
日展監事、読売書法会常任総務、大東文化大学特任教授
1956年千葉県生まれ

❶コロナ禍の中、テレビのニュースを見るにつけ、医療従事者の方々への感謝とこの緊急時に何も貢献できないことへの自責の念を抱えつつ、私自身この自粛期間を如何に過ごすかを考えていました。まずは当面開催予定の展覧会作品制作。そして資料や材料の整理。さらに数年前より手がけ、準備を重ねてきた長丁場の作品制作。誠に不謹慎ながら私にとって今までにない貴重な時間となりました。

❷緊急事態宣言の前後より、未知のウイルスとの闘いにより、中止・延期を余儀なくされたのは残念ではありますが、致し方ないと思います。今後、この空いた時間を充電と捉え、状況を踏まえつつ、より内容の充実した展覧会になればと、私自身、身を引き締めています。

❸所詮、作家は孤独ですが、各々の世界の振興という点では手を携え努力していきたいと思います。また「表現」は見て下さる方があってのもの。それが作家同士を超えて地域社会に広がり、何かを感じて下さる方々が増えるのはありがたいこと。しかしそれは自分がより成長してのことで、社会貢献もこれから積極的に取り組んでいけるよう努めたいと思います。目下、出身の千葉県市川市との繋がりを育んでいます。

❹一旦、社会経済の沈滞とともに勢いが減じるかもしれませんが、私が実感する限り、ほとんどの人がコロナ前の日常であった書との関わりを望んでいます。さらに、士気を下げない努力、工夫をしつつ、新しいエネルギーを伴った活動をしていくことで、元気が取り戻されていくのではないでしょうか。

❺「ウィズ・コロナ」が続き、オンライン化が急速に広がる中、人と人との触れ合いが益々希薄になることを憂慮しています。この空虚感に必ず気づき、これから人の温もりや魂に触れることの大切さを、より求められる日が来ると確信しています。そのような時こそ、さらに鑑賞者の皆様に作品を通して、生き様や思い、情熱や癒しを伝えられる芸術が必要とされるようになると思います。私も一層の努力を重ね、その時々、「何か」を伝えられる仕事をしていきたいと思っています。

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土屋禮一【日本画家】
日本藝術院会員、日展副理事長
1946年岐阜県生まれ

❶個展の予定もあり、その構想に今は家にいる時間をプレゼントされたようで、心の贅沢を楽しんでいます。なんと毎日が手帳の予定を優先に過ぎていたことか。独りゆっくり流れる時間を感じています。

❷出品しようと思っていた春の展覧会も中止、その後やればやるほど納得いかなくなり、しかしやればやるほど手応えはある。結果に左右されない経過を楽しむ、あるべき姿に出会っております。

❺「美術館への巡礼の時代」と表現した先人がいましたが作品を観るとは他人を理解するばかりではなく、新たな自分に出会うこと。コロナウイルスも又、新たな時代の生き方の始まりのようです。若い世代は私達の未来です。これからの画壇と云う大地の大切さを考える機会になればいいですネ。
 
土屋禮一《瑞龍図 下絵》土屋禮一《瑞龍図 下絵》1998年 58.1×92.0cm 紙本着色・パネル


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寺坂公雄【洋画家】
日本藝術院会員、日展顧問、光風会理事長
1933年広島市生まれ・愛媛育ち

❶新型コロナ感染拡大で自粛して外出できないが地球上の人間は自然の一部と考え、災害や戦禍を生き抜き、今描きたいものを制作していたい。

❷光風会展、三越逸品展は中止になり、7月の光風会選抜展、日展は会場が開催できる予定だが、鑑賞者が激減しないか心配。

❹今後のことは、社会も美術界も予測はつかない。防ぎようのない自然災害、分断と経済・人種・宗教、リーダーの判断の誤りによる戦争・紛争には美術の発展はない。新型コロナ等、薬が出来、生き残れば人類の歴史はたびたび災禍から明るい流れになり、芸術文化は発展してきた。

❺芸術文化は平和でなければ進展しない。この年齢になると外出自粛をポジティブに考えて制作するのみ。次世代に何ができるか期待している。

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仲川恭司【書家】
毎日書道会理事、独立書人団理事長、専修大学名誉教授
1945年新潟県生まれ

❶私の日常生活の大半は仕事場で過ごすことが多く、作品制作、原稿執筆、調べもの、所属団体等の仕事等々で、閉じ籠っていることが多い。今度の新型コロナウイルス感染拡大の影響によって美術館は閉館、画廊にも行かないで、外出は気分転換の散歩ぐらいに抑えている。

❷公募団体展の中止は、未知のコロナウイルス感染拡大の防止のためにはやむをえない苦渋の決断である。出品者もこれまで続けてきた者にとっては気持ちが削がれてしまうことになり、残念であろう。たとえ強引に開催することにしても、感染者を出す危険を犯し、出品者は表装をし、出品料を払って展示されても、どれ程の人が交通費を払って鑑賞に来るかも分からない。

❸地方の県展は公的な会場の美術館で開催されるので、県の管理下で判断される。市展などはやはり教育委員会の見解を伺うことになるのか。地域で毎年あったものが開催されないと、地域の活性が停滞してしまい、また出品者同士の集まりがなくなるとさびしくなる。

❹公募展はこれを機会に出品する人が少なくなる傾向にあるので早めに次への対策を考えたい。また、大勢で行う練成会、作品制作会等はワクチンが出来ないと安心して参加しないのではないだろうか。また、公的な大会場、体育館、会議室など使用できにくくなるので、一日も早く元のように貸出しできるようにして欲しい。これまで少子化に伴ない高齢者によって支えられてきた部分もあったが、それと別に将来に向けて新しい展覧会のあり方や方策を練る必要が来ているのかもしれない。

❺芸術文化は人間が生きて行くためには真・善・美など心に潤いを与えてくれるものとして欠くことの出来ないものである。そうした観点から、人間だからこそ出来る仕事として活動する。また、自分が今日筆を持って活動できているのは書くのが何より好きだったことや周りの支えがあったればこそ続けられた。その恩返しを考えた時、私なりにどのようにしたらできるのか、今、考えている。

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中野北溟【書家】
日展会員、毎日書道会最高顧問、創玄書道会最高顧問
1923年北海道生まれ

❶故郷の「書の北溟記念室」(羽幌町・中央公民館内)に設けられている作品収蔵のための更なる作品の選定に、現在の作品や北海道書道展(北海道新聞社主催)への作品制作や、毎日書道展(来年への延期-従来展)に代わる紙上展の制作やその他。

❷公募団体展に関わる、毎日書道展、創玄展、日本の書展、その他は計画に沿って動いている。一部安心の感はあるが、部分的に不安もあり落ちつかぬ。日展はこれからのことなので、状況をみて対応ができる。

❹現況のままではいけないと思う。コロナに負けぬようコロナ状況を勘案して、活動を展開せざるを得ないと思う。

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中山忠彦【洋画家】
日本藝術院会員、日展顧問、白日会会長
1935年福岡県生まれ

❶未曽有の非常事態、先の見えない不安と混乱の中だが、日常生活としては食事、制作、接客、外出、就寝を除いては、殆ど画室の中での生活が習慣なので、このところ接客、外出を免れた全てを自分の時間に費している。見通しのつかない不安は抱えながら、かなり予定を早めて、今秋の日展制作を始めている(開催の可否はまだ不明)。

❷今春、第96回白日会展が、開会の準備が整った時点で閉館通告があり、出品者と一部鑑賞者のみが、会場の作品群と対峙出来たのは有意義であり、幸運でもあった。美術館は美術家にとっては重要な発表・陳列の場だからである。画家たちは壁から無言の教示を得た筈である。

❸作家同志の消息の確認などはお互いに電話で行っている。地域社会とは殆ど交流が断絶している。ステイ・ホームが滲透して来たと思われる。

❹例え活動範囲が狭まろうと、美術家の使命は制作活動にある。かつて、ドナルド・キーンさんと朝日新聞紙上で対談した折、折しも東北地方の3・11の後でもあり、その後の世相と文化について話題を向けると、即座に「日本の歴史を考えますと、最も悪い時に、何か素晴らしいものが生まれる。日本人はかつて応任の乱の後でさえ、東山文化の華を咲かせた実績があるではありませんか」と即答された。私自身、日本人の持つ潜在的な恢復力はあると思うし、必ず光明を見出して行けると信じているが、価値観の変化は否めないにしても、新たな時代の予兆は感じている。

❺創作活動は、日常的にも継続して、発表の好機到来を切望するのみ。如何なる事態であれ、作品を通じて人類の心を鼓舞する務めを果たすのが使命だと考える。芸術は人類の永遠の属性として存在するからである。

❻新型コロナ禍にしても、地球上の異常気象にしても、人類の奢りに対する神の啓示と警告だと言えるかも知れない。

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那波多目功一【日本画家】
日本藝術院会員、日本美術院代表理事
1933年茨城県生まれ

❶難しい題材のため、手がつけられなかった作品の数々、壁にぶつかり、跳ね返されながら日々、挑戦しております。

❷院展の地方展、すべて中止となりました。コロナウイルスの流行が落着いて、地方展が一日も早く開催されます事を願っております。

❸ひたすら家にいて、人との接触を極力さけております。

❹コロナウイルスが流行する以前から、美術界の今後はどうなるのだろうと思っていましたが、時間が止まってしまっている今、今後どうなるのか、私には全くわかりません。

❺美術家として何が出来るかと問われると、何も出来ない非力な人間である事をつくづく思い知らされております。

❻願わくば、多くの方々が美術に対して深い趣味をもっていただければと願っております。

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西田俊英【日本画家】
日本藝術院会員、日本美術院同人・理事、武蔵野美術大学教授
1953年三重県生まれ

❶ステイホームなので、アトリエで制作しております。時間ができた分、研究や勉強に時間を当てることができるので、より良い作品が描けるかと思います。

❷春の院展開催中に日本橋三越本店も休業になり、その後の巡回展も中止、もしくは未定になっています。個展(「化身の如く 西田俊英日本画展」)も3月に名古屋栄三越で開催しておりましたが、皆様外出が不安のようで、お客様のご来場はとても少なかったです。

❸展覧会のレセプションや会議などもなくなり、会う機会もなく、電話で連絡をとるぐらいです。大学のオンライン授業が始まるのでこれから忙しくなります。

❹景気も低迷するので、芸術家は大変になると思います。

❺インスタグラム(https://www.instagram.com/shunei_nishida/)で作品を紹介し始めました。若者が多く、絵の勉強や参考の為に見てくれているようです。描くことをしない人びとには癒しや元気を与えることができているようです。遠く海外からもアクセスしてくるので、小さい画面でも感動を与えることができると思うと、こちらも嬉しいです。

❻ネット社会に移行してきているので、より一層の作者の著作権が守られて欲しいと思います。

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根岸右司【洋画家】
日本藝術院会員、日展副理事長、光風会副理事長
1938年埼玉県生まれ

❶取材に出られないので少々つらいが、アトリエで集中して制作できる。当たり前のように思いがちだった日常が、どんなに幸せな世の中であったかと痛感。

❷このような新型コロナウイルスの感染を考えるとしかたがない。人類共通の国際的な戦いなので、見えないコロナウイルスという敵が収束するよう、全員が努力する。

❸新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、コミュニティの分断、やり場のない不安感が生じ、心の健康が心配。

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野見山暁治【画家】
文化勲章受章者
1920年福岡県生まれ

❶老齢のせいで、2年くらい前から、脚が不自由だからコロナウイルスとは無関係に、外出禁止です。しかし自分のせいと異なり、世間から制約されて、家に籠るのは、平常心を、おそろしく殺がれます。

❷作品を発表してこそ、絵を描く歓びが自分に撥ね返ってくるものと思うので、今、発表の場を失くすことは、残念でなりません。

❸人数はいといません。しかし一人でもいい、共通した倫理感を持ち、尊敬すべき人格の友人は、たいへん貴重だと思います。

❹自分の行為について、すぐにでも、その成果、あるいは結末を急ぐ。だから常に時間に追われる。思考する余裕がない。目先の効果はすぐに消える。一様に流行を追いかけているようでなりません。

❺どうすべきか、わかりません。絵描きは絵を描くことだと言われても、なんの意味もありません。いや、これは私のことで、たんに気やすめのような気がするのです。
 
野見山暁治《糸島にて―アトリエの窓から〈素描〉》野見山暁治《糸島にて―アトリエの窓から〈素描〉》22.0×29.0㎝ 紙・水彩


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橋本堅太郎【彫刻家】
文化功労者、日本藝術院会員、日展顧問
1930年東京生まれ
 
「技術は必ず手に残る」

私が藝大2年の時、父・橋本髙昇は2度目の特選がとれずに苦しんでいた。私が家計の責任を持つから思い切り制作をして欲しいと云った。
ゴム板に名入れタオルの文字を彫るアルバイトを始めた。どんどん彫れて、バイト料もサラリーマンのお給料よりも高価になった。帰り道、何か淋しくなって新宿のコーヒー屋さんでコーヒーを飲んで帰って来た。
その時のゴム板に小刃で文字を彫る技術は、藝大の時の手板を彫るもので学んでいた。
今も小刃を使う事は得意の技術である。暗く明日がないような学生時代だが、その時習得した技術は私の手にしっかり残っている。
夢のない世の中になってしまったが、技術を持っている我々彫刻家は必ずや明るい陽のあたる日が必ずやって来る。その日まで頭を使い手を使って、輝かしい未来に向って頑張ろうではないか。

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日比野光鳳【書家】
文化功労者、日本藝術院会員、日展顧問
1928年京都市生まれ

❶来客もなく発表する場もないので静かに暮らしております。

❷昭和から平成と続いてきた仕組みの、現状に合わない部分が淘汰されるきっかけになると思うので、これからのためになるかもしれません。

❸展覧会よりも、この横のつながりが切れることの方が良くないです。各々が刺激し合って自分を高める機会は少なくなってはいけないと思います。

❹大作を作るスペースとか費用を考えると今後は明るいとはいえないですが、いずれまた時代にあった才能ある人が現れて、美術が大いに見直されるときが来ると思います。

❺それは各自によって違うと思いますが、自分の技術を磨くことはどんな状態でも諦めない方がいいですね。

❻これから作品を世に問いたいと思っている若い作家のみなさんが大変だと思います。若い人が美術展になるべく安価で出品できるようになっていってもらいたいです。

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平松礼二【日本画家】
日本美術家連盟理事
1941年東京都生まれ

❶生きものの歴史がある限り、細菌類は共存すると聞いた。今は躊躇することなく逃避。逃避先は自宅のアトリエ(といっても毎日のことだが)。報道では2ヶ月余りかもしれないらしいので期間中に没頭できるサイズのカンバスを用意した。凡そ1000号になる。恒例の外国への旅を思いCDの音量をいっぱいにして。空路でよく聞いたマントヴァーニ・オーケストラやロンドン・フィルの名曲を聞き乍ら逃避生活をやり過ごしている。“泰然自若”でゆこう。

❷グループ展・個展などいくつかが延期になったものの、社会全体が穏やかになった折の開催が最適と思う。やがてその日が再来すると信じて。

❺この世界的な混乱が収束し平穏なくらしが復活すれば新しい社会形態が生まれ、新しい時代がやってくる。その時、過去、現在を継承と総括をしつつ、未来への創造を大胆に実行してゆければと思う。

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福島瑞穂【洋画家】
独立美術協会会員
1936年広島県生まれ

❶家族は男2人と私の3人、基本的に家に閉じこもっている。私は、午前11~12時起床、朝食を作る。16時ころ昼食を作る。夜20~21時夕食。空いた時間、台所に続いたアトリエで絵を描きながら皆にコーヒー、ケーキを何度も準備する。息子は2階で勤務先の大学とオンライン会議。来週からは授業もやるらしい。夜10時ころアトリエで30年イーゼルに乗りっぱなしの祭壇画を描き始める。10月出品の独立展F200号も描いている。7月中には出来上がる予定。就寝は午前5時。

❷60年近く出品してきた女流画家協会を退会した。今のところグループ展、個展の予定はなし。世界中がコロナウイルス問題、以前と以後では、まったく違ってくる、大変な変化をするだろうと言われている。その予兆を感じている。それに対処出来るか。最近、日常生活に於いて、コンピューターを使うことが多い。コンピューターの勉強をしないといけない。

❸電話、手紙、メールを使ってやっている。これまで人間関係には恵まれた中で生きてきた。自分自身がなかなか人の力になれないことを情けなく思っている。

❹遅かれ早かれ公募団体は衰退していくと思う。2020年そこに関わる人達に団体創立者達の思想(哲学)はない。権力と名誉そして金。関心はそれに尽きる。何処にいても同じ問題が起きた。「人間は欲望の奴隷と化した」マルクス・ガブリエル新実在論を提唱する哲学者の言葉。

❺何ができるか考えつかない。いつもの国境なき医師団からコロナウイルスのための緊急振込用紙が送られてきたのでわずかな額を書き込んで送った自分に対する気休めといつもの反省。

❻「私は時代と格闘するピエロだ」ミズホ・オオノ

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福田千惠【日本画家】
日本藝術院会員、日展理事
1946年東京都生まれ

❶今は緊急事態宣言の日々(5月25日より全面解除とのことですが)でしたから、私自身とにかく外出は避けています。元来春になるとライフワークであるフラワーパーク、植物園に出かけていますが、今年は我が家の庭にてゆっくりスケッチをしています。「花は私に明日という日を与えて呉れる」。

❷苦渋の選択ですがクラスターがおこる中、作家同士はもとより鑑賞者にうつさないよう中止は良かったと感じています。今後終息は難しいと思います。展覧会の様子はこれから変化すると思います。

❸マスクのない日々、友人より頂きとてもうれしく感謝しています。私も旧友の絵描き友達に差し上げました。これからはもっと日常より互いに声を掛け合うことが大事に思う。オンラインでの会話はできませんので、地域への応援メッセージを渡すぐらいです。

❹私自身は暗中模索です。美術の世界もデジタル化に入っていくのでしょうが、正直、肉筆の魅力はすばらしい。日本の文化のルーツを見ていると変わらないものは変わらないと思います。

❺新型コロナウイルスの日々を暮らしていると心の有り様が大切で、美術家の一員として文化に貢献したいと思います。

❻生涯、学習の日々。一生は長いようで短い。

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藤森兼明【洋画家】
日本藝術院会員、日展顧問、光風会副理事長
1935年富山県生まれ

❶春の公募展開催直前にコロナに対する対応としてすべて中止となり、何十年と続けて来た体内カレンダーが止まりパニック状態でした。自身の思考の構築と行動の再構築を迫られました。今度の事で自身の制作を今後どの様に進めて行くべきか考える機会となり、又すべきと確信させられました。

❷私の場合は春、秋の公募展と個展等も含め年間のタイムスケジュールが組まれていたので、中止延期は取り戻せない空白となって残ります。これを埋める事と平常心をもって前へ進める事が肝要です。

❸良くも悪くも連携は一時的にしろ薄れたと思う。なぜならば、言葉にしろ、行動にしろ接触の頻度が無くなれば一体感も薄らぐ、これは地域社会との関わりも同様と考える。ある意味では言葉は違うかも知れないが恋愛感情に似ているかな…。

❹日本の場合、協調性の強い気質が根底にあるので終息の後は以前の常態に近づく様努力して行くと思う。但し完全に以前に復帰するには少なくても一年は要すると思う。作家の経済面、業界の流れ等を考えても希望している程簡単には進まぬと思う。

❺自分自身の仕事の特性を今まで以上に明快にしながら、所属する団体やグループに限らず、美術界に対して明るく力強く創作して行く事が一般社会の人々も含め貢献出来る事と信じます。

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星 弘道【書家】
日展理事、読売書法会常任総務、日本書作院理事長
1944年栃木県生まれ

❶国の呼びかけ通りの生活をしているが、作品制作については時間があるのに、いまひとつ乗らないです。

❷公募展の中止がありましたが、グループ展は開催するつもりでおります。

❸電話・メール等でのやり取りはあるが、直接会うことは避けています。地域も同じです。

❹コロナウイルスの特効薬が出来ない限り、種々不自由な状況が続き、大変だと思う。然し、そういう中でも人類の英知の働きで乗り切る力が出るように思う。

❺作品を見た人が元気を出してもらえるような作品を制作出来たらと思う。

❻ひとつが崩れるとその周辺も駄目になってしまうので、ふんばりたいと思います。

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真神巍堂【書家】
日展会員、読売書法会常任総務、日本書芸院理事長
1943年京都市生まれ

❶作家以外に寺の住職、保育園園長、大学教員、書道団体役員等の仕事がありましたが、現在は本来の住職以外は殆ど何もなく毎日書三昧の生活です。

❷関係する団体の展覧会が中止になりました。上記の通り書作家三昧の毎日で、いかに雑務に追われていたかを痛感しております。

❸展覧会の中止等の動向を決定するために先輩諸氏の御意見など伺うことでの連携は増えましたが、基本的に外出を控えているため全て電話連絡のみです。本来の書家の生活に戻ったようで毎日楽しく暮らしております。

❹先にも書いた通り私自身は本来の書家の生活に戻った感がいたします。特に書道界は雑務に追われる事が多いと感じますが今回はコロナによってその感を強くしました。やはり作家は作品制作に時間をかけるべきで、今回はこの大切さを気付かされた良い機会であったと思います。

❺今回の問題で我々が積極的にできる事はこれといってあるとは思いませんが、感染しない努力をし終息を待つしかないと考えます。とに角、空いた時間、一時間でも多く筆を持つ事で新たな発見があるかもしれません。

❻我々の周りの他分野の作家はもっと制作に時間をかけておられます。書道界は雑務が制作の時間を圧迫しています。現在のような毎日で制作できる事を願っています。

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馬越陽子【洋画家】
日本藝術院会員、独立美術協会会員、女流画家協会委員

❶❹❺元来制作は密室で独り、画面と対峙し、描きつづけるものです。このコロナウイルスの感染防止のための外出規制が出され、100年に一度という正体不明の病原菌の危機にさらされた時、私は少女時代にいつ爆弾が頭上に炸裂するかわからない恐怖を想い出した。
事実、見渡す限り焼け野原となった東京青山の我が家から国会議事堂が見はらせた。この度のコロナでは家は焼けつくされないまでも、そこに暮らす人々に音もなく忍び寄り突然生命を奪う魔の手は不気味そのもの。それは、世界中の全ての人間を脅かし防ぐ手段は未だに手探り。このまさにグローバルな地球全体の人間世界の危機は第二次世界大戦以来の未曽有の状況を呈している。全人類が日々、実感し、経済が混乱、人々の困窮は計り知れない。制作はひたすら個に徹して深化させるのみだが、その深化のさきに他者を見ないわけにはいかない。だが古来人間は何度も歴史に残る惨状を乗り越えてきた。
コロナ危機によって世界が一体化しそれを乗り越えようとしている現在、芸術はそれとは別の存在ではあり得ない。アートの存在の意味が根本から問われている。他者のためにある芸術を考えざるを得ない。最大の危機に直面した時、人間に最も必要なものは何か。生きるためのアート。人間を生かすためのアート。その土壌に立ち制作すべきとの内部の声が聞こえる。そこから未来、そして生命・勇気・絆、さらに希望をたぐりよせる道筋を示す事に使命があると信じます。

❷この状況下、公募展は当然審査を経て始まる、審査の状況はまさに三密そのもの。感染発生源を防ぐには苦渋の末の中止も止むを得ないのでは。健全な環境で開催出来る日のために。

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三田村有純【漆芸家】
日展理事、東京藝術大学参与・名誉教授
1949年東京都生まれ

❶3月の半ば過ぎから、公共交通機関には乗車せず、外出は車で、家と工房の往復の日々です。4年前の大学の定年の際持ち帰った資料の山を片付けています。閉じこもることで途切れることなく以下のことに集中しています。
〈制作〉2020年秋の東京、大阪での個展のため作品制作
〈研究〉漆の食用、薬用としての可能性を実証研究
〈資料〉二千膳はある世界の箸コレクションの整理
〈執筆〉『幻の名工蒔絵師高井泰令』2021年春出版

❷・中止となった展覧会
『第59回 日本現代工芸美術展』東京都美術館(4/18〜4/24)
『立体造形富士山展』大阪髙島屋(4/1〜4/7)、横浜髙島屋(4/29〜5/5)
・延期となった展覧会
『与謝野晶子幻想〜百選会から広がる美と造形展』
日本橋髙島屋(5/13〜5/19)←8月半ばに延期

❸一切の出会いの場が無くなり、SNSで連携のとれる範囲で世界の作家仲間との情報交換をしています。どの国もこもっているのが現状で、新しい作品の傾向をお互いに見せ合って刺激を受けています。
オランダ、中国などの海外での展覧会と交流事業が中止になりました。漆を通した国際交流の発展が私の生きる姿勢ですので、今後のことについてより緊密にSNSを通しての意見交換をしています。

❹国内公募展を始め、全ての今までの価値体系が変革すると考えています。2019年以前の状況にはもう戻れません。新しい分野の芸術表現が生まれ、発表活動もこれまでにない方法が出てくると考えています。

❺人も物も動かないけれども情報だけが SNSにて行き来する時代です。ただ芸術は本物に触れることでしかその感動を体感することはできません。再び作品と人との出会いの場が実現できるように、今は腰を据えての準備期間に当てることが肝要と思います。
バーチャルな体験ではなく、本物に出会うことで人々は感動を受けて新たな人生を構築することができます。芸術全般が果たす役割はこれまで以上に大きくなり、多くの人々に求められるようになります。

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村居正之【日本画家】
日展理事、大阪芸術大学教授
1947年京都府生まれ

❶市からはほぼ毎日、陽性者の方が出ているという発表が続いています。在住する大阪府は特定警戒都道府県でもあり、知事も率先して施策を打ち出しています。陽性者の方が出て休業となったスーパーも近場にあり、極力買いものの回数を減らしたり、テイクアウトや出前をとるなど、ステイホームを心掛けています。一方で、勤務先の大学のウェブ授業や自宅学習の課題にむけ、LINEやZoomなど慣れないデジタル機器の操作に悪戦苦闘しています。

❷日展大阪展が開幕1週間で美術館が休館してしまいました。青塔社展も開催は難しいでしょう。私自身もですが、多くの作家にとって作品を見て頂く機会が失われることが悔しくて仕方ありません。

❸作家仲間とは、電話やLINEでやりとりをしていますが、実際に対面するのよりは、どうしても不十分な気がします。近隣に住む孫も保育園に行けなくなってしまった為、ほぼ毎日遊び相手をさせられています。近所の休校中の子供達とも顔見知りになりました。

❹美術界の先細りが心配です。私もですが、多くのカルチャーセンターなども休みとなっており、また、再開後も休業前の水準に戻るのか不透明です。しきりにオンライン化の必要が叫ばれています。ツールとしてはもちろん便利ですが、美術品は実際に自身の目で直接見て触れることが肝要です。そのように機会が失われてしまうのではないか、かえりみられなくなるのではないかと、危惧しています。美術に関わる作家、百貨店美術部、画商が活躍する機会を与えられなくなるのではないか、若い人達が美術界をこころざさなくなるのではないかと心配です。

❺来年に延期された東京五輪・パラリンピックもですが、スポーツや文化には心をいやしたり勇気づける力があると思っています。作品を制作し続け、人々に届ける機会を絶やさないように努めたいと思っています。また、大学での教え子を始め後進の人達の活躍の機会を失わせる事のないように努めたいです。

❻ワクチンをはじめとした対処手段が見つかり、新型コロナウイルスの脅威がなくなる事を願っております。

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藪野 健【洋画家】
日本藝術院会員、二紀会理事、府中市美術館館長
1943年愛知県生まれ

❶アトリエが中心です。完成できないままだった大作を制作しています。

❷避けがたいインターバルのように捉えています。新型コロナウイルス感染の終息を待って再開できればと思います。

❸古来からの方法、手紙のやりとりなどが復活しています。

❹大きな規模で多くの人たちによって運営される展覧会はこれからも形を変えながらも続くとは思いますが、違った形の表現方法ができていくように思います。ジャンルは劇的にひろがり。より深くより自由に。ウェブの実技のトライアルからその可能性とともに限界も感じました。手を通しての表現の評価。意識の世界の多様性が反映。作家 Fernando Pessoaのような多重性、多層性でそれぞれ異なる表現。難解。言葉、空間と出版が展開。そんな風に考えると楽しい。

❺美術館、ジャーナリズム、様々なアーカイブズ、社会、にかかわる都市、生活と一体となって表現にかかわるように感じます。

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山田嘉彦【洋画家】
立軌会同人、東京学芸大学名誉教授
1940年東京生まれ

❶コロナウイルス感染拡大後も、基本的に以前の生活とそう変わるところはありません。ただ、展覧会が開催されなくなり、銀座、日本橋、上野、六本木に出かけることがなくなりました。又、妻と時々外で食事をしていましたが、それもなくなりました。制作は従来通り行っています。

❷幸いグループ展は2月に開催され、事なきを得ました。秋の立軌展は開催に不透明な部分もありますが、現在出品画に力を入れています。

❸特にありませんが、予定される立軌会に関してメール等で連絡をとり合っています。地域社会との関わりは日頃より、御近所付き合い程度です。

❹感染症の収束後も、経済の不調は急に改善するとは考え難く、従前の美術界の体制が変わるとは思えません。

❺現在は展覧会として見せることが出来ないのだから、美術家は作り手として制作するのみではないだろうか。

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山本 貞【洋画家】
日本藝術院会員、二紀会理事長、日本美術家連盟理事
1934年東京生まれ

❶コロナは平等で、世界中の人種、男女、貧富、宗教に分け隔てなく拡大した。これで各国の構造がよく見えてきた。巨大化・可視化された世界の風景を、ぼくらはよく見つめたいと思う。

❷春から考えていくと、「東京二紀展」「春季二紀展」、7月に予定していた「われらの地平線」などを、会場の閉鎖などの理由から中止、又は延期した。秋の第74回二紀展に関しては現在未定(編集部注:2021年度に延期が決定)。特に秋の展覧会はこちらとしても審査・陳列することで大勢の人々が全国から参集してくるので特に不安がある。

❸・今回のコロナでは籠城といった様相で制作の時間は充分手に入れたのに、だからといって仕事が進んだ訳でもない。人間とはこんなものなのか。これもコロナが教えてくれたもののひとつだ。
・︎ぼくらはひとりで立っているつもりであっても周辺の環境が変わってしまうと舞台を失った役者にも似ていて無力を思い知らされる。

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吉田美統【陶芸家】
重要無形文化財「釉裏金彩」保持者
1932年石川県生まれ

❶外出できない状況は大変不自由でかなり行動が制約され、制作活動にも影響がある。

❷多くが中止、延期になっていて下半期がどんな状態になるか見当がつかない。

❸現在の状況では連携や関わりもいちからやり直さなければいけない。

❹以前の状態にもどるには時間がかかると思われる。厳しい状況の中ですべて考え直さなければならない。

❺自分の技法を更に磨き上げる努力をすることのみである。又、すべての伝統工芸において、古くから用いられてきた素材が枯渇して絶えることのないよう、手を打たなければならないと考える。

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