レポート:「世界文化遺産登録から1年 国立西洋美術館のいま」

2017年07月27日 17:32 カテゴリ:最新のニュース

 

2016年7月17日に世界文化遺産に登録されてから早1年、今日も多くの人が訪れる東京・上野の国立西洋美術館。16年度の総入館者数は前年度の2倍以上と”世界遺産効果”を如実に示す結果となったが、東京に世界の注目が集まる2020年とその後に向けた展望は。館の現在そしてこれからについて、馬渕明子館長に聞いた。

 

 

「ル・コルビュジエの建築作品」※1 の構成資産の一つとして、昨年7月17日に世界文化遺産に登録された同館。近代建築の巨匠ル・コルビュジエ(1887~1965)が設計した本館は国内唯一のル・コルビュジエ建築で、らせん状の回廊や1階部分のピロティなどを大きな特徴とする。1959年に完成し、2007年には国の重要文化財に指定。美術館はこの本館と、コルビュジエの弟子である前川國男が手掛けた新館(79年竣工)、同設計事務所による企画展示館(97年竣工)という3つで構成されている。

 

世界文化遺産への登録を機に入館者は急増した。当時開催していた企画展「メッケネムとドイツ初期銅版画」展は2カ月の会期で約8万人を動員。馬渕館長は「オールドマスターの版画の展覧会は3万人入れば良い方と言われています。世界遺産効果を実感しましたね」と振り返る。16年度の総入館者数は前年度の2倍となる132万人。特に本館の常設展入場者数は71万2千人という前年度の2.5倍以上の数字を記録した。

 

「世界遺産効果を実感した1年」と馬渕館長

それまで1日約1千人だったのが、登録から間もなく3倍に、多いときには5千人が常設展に足を運び、所蔵作品への関心が高まったことが何より有り難いと話す。「これまで、常設展は一度みれば十分という認識がどうやらあったようですが、当館には約5,500点のコレクションがあり、一度に展示してるわけではありません。一昨年のフェルメールに帰属の寄託作品《聖プラクセディス》※2 や、今年6月の当館では初となるドガの油彩作品《舞台袖の3人の踊り子》など新収蔵もあり、定期的に展示替えをしています。足を運ぶたびに色々な発見があると気付いてもらえ、楽しんでいただけているようです」。

 

前庭では建物の写真を撮る観光客の姿が今も目立つ。ユネスコ世界遺産委員会の諮問機関であるイコモスによる評価では、前庭の植栽が真実性を減じているという指摘があったが、こうした指摘については今後、美術館全体の整備・活用方針を策定するにあたり、有識者などの意見を踏まえて検討される予定である。また、現在非公開となっている旧館長室についても、公開に向けて、上記同様に検討が進められる。

 

6月の「文化芸術基本法」の施行※3 によって文化財の観光・国際交流等への活用や公的施設での作品展示等も今後進められるが、「国の財産である優れた作品を伝えていくことが、美術館の役割」という姿勢は変わらないという。「私たちももちろん、コレクションを積極的に活用したいと考えています。ただ、第一にあるのはやはり作品を守ること。例えば作品を貸し出すにしても、作品保護の観点から貸出履歴や展示環境の確認などそれに伴う様々な作業が必要で、簡単に出来ることではないのです。そうした美術館の仕事への理解はいまだ不十分に思えます」。馬渕館長は国の文化政策を検討する文化審議会の会長も務める。「文化芸術基本法」にもとづく具体的な施策方針は今後、文化審議会において話し合われる予定である。

 

文化芸術基本法にもとづく「文化芸術推進基本計画」策定に向けて6月21日、松野博一文科大臣が文化審議会に諮問を行った

 

訪日外国人の誘致も課題のひとつだ。ルーヴル美術館や大英博物館では入館者の50%以上を外国人観光客が占めているのに対して、同館の前年度の外国人入館者数は5%に過ぎない。実際の数字の面でも登録の前年と比べてほぼ同じ値に留まる。これをいかに増やしていくか、JR上野駅の公園口改札の移設など周辺環境の整備も正式に決まり、2020年東京五輪とその後に向けた文化財の観光活用において、ロールモデルとなり得る同館の取り組みが期待される。

 

公園口の移設準備が進む上野駅前。現在の北側、国立西洋美術館と東京文化会館間の歩道正面に新たな改札口が整備される

 

現在、同館では「アルチンボルド展」が開催されている(~9月24日)。果物や野菜、魚などを組み合わせた寓意的でユーモラスな肖像画で広く知られるジュゼッペ・アルチンボルド(1526~1593)を日本で初めて本格的に紹介する展覧会とあって、開幕からおよそ1カ月で8.5万人(7月20日時点)が来場する盛況ぶり。今年度は、馬渕館長の監修、モネやドガ、セザンヌなど西洋美術の名作と葛飾北斎の作品が世界で初めて夢の競演を果たす「北斎とジャポニスム」展など2件の共催展もこの後に控え、昨年度に並ぶような入館者数を目指しているという。「建物だけでなく展示にも魅力を感じてもらえるよう、美術館としての役割を誠実に果たしていきたい」。

 

.

※1:正式名称は「ル・コルビュジエの建築作品‐近代建築運動への顕著な貢献‐」。《ギエット邸》《サヴォア邸と庭師小屋》など三大陸7カ国に所在する17資産で構成される。

 

※2:フェルメール真作か、研究者間で意見が一致しないため「フェルメールに帰属」とされる。2014年のクリスティーズ・ロンドンで10億8,600万円で落札されたのち、国立西洋美術館に寄託された。

 

※3:2001年の「文化芸術振興基本法」が16年ぶりに改正され、6月23日に公布・施行された。文化芸術の振興にとどまらず、観光やまちづくり、国際交流、福祉、教育、産業など幅広い関連分野の施策を法律の範囲に取り込むとともに、文化芸術により生み出される様々な価値を文化芸術の継承、発展及び創造に活用しようとする法律で、具体的な施策は今後検討される。

 

【関連リンク】国立西洋美術館

 


関連記事

その他の記事