【レポート】 注目高まる〈生(き)のままの芸術〉「アール・ブリュット ネットワーク」が発足

2013年03月13日 14:09 カテゴリ:最新のニュース

 

 

滋賀県大津で設立記念フォーラム開かれる  青柳正規氏が会長就任

 

「加工されていない生(き)のままの芸術」。近年アール・ブリュットの作品が全国各地で発見され、多くの人々を魅了している。昨年夏から準備が進められてきた「アール・ブリュットネットワーク」設立の記念フォーラムが2月10日、滋賀県大津市の大津プリンスホテルで開かれた。その活動に携わる関係者ら約200人が全国から参加、午前・午後の部の事例発表、意見交換、記念対談など多彩なプログラムが行われ、充実したフォーラムとなった。

 

「アール・ブリュット」とはフランス語、画家のジャン・デュビュッフェが1945年に創出したといわれる。美術思潮や教育からは全く別の個人的、独創的な絵画や造形のこと。欧米では「これこそが本当の芸術」と認知し、これまで多くの作品が見出され、美術館等にも収蔵されてきた。

 

日本にもアールブリュットは以前からあった。その作品の多くが障害者福祉の現場で生み出されている。そして無名の作品が鑑識眼ある人に偶然発見されたりしてきた。近年、大きな関心を集めるが、さらなる高まりがあってよいと指摘する美術関係者も多い。

 

売るための作品ではないそれらが世に出るには、実際は多方面の関わりが必要だ。制作現場の活動を支える人、作品を見出す識者、展覧会で作品の魅力を紹介する人…。この間、美術、福祉、医療、研究機関、行政まで広く異なる分野の人材が連携してこそアール・ブリュットを支える環境全体を底上げができる、との期待からネットワーク設立の準備が進められた。滋賀県はアールブリュット活動の先進地域。戦後間もない頃からの社会福祉団体やNPO活動の積み重ねの歴史がある。それらが今回のネットワーク設立の記念フォーラム開催に至った背景である。

 

「アール・ブリュット ネットワーク」 設立発起人を代表して挨拶する青柳正規氏

「アール・ブリュット ネットワーク」 設立発起人を代表して挨拶する青柳正規氏

設立発起人は次の8人。青柳正規・(独)国立美術館理事長/国立西洋美術館長、嘉田由紀子・滋賀県知事、北岡賢剛・社会福祉法人滋賀県事業団理事長、末安民生・㈳日本精神科看護技術協会会長、田口ランディ・作家、日比野克彦・アーティスト/東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授、保坂健二朗・東京国立近代美術館主任研究員、鷲田清一・大谷大学文学部教授。そして青柳氏が同ネットワーク会長、末安氏が副会長に就任した。

 

ネットワーク設立は地元滋賀県関係者にとっては足掛け30年に及ぶ、いろいろな思いが詰まった悲願だったようだ。

 

フォーラムの冒頭、青柳会長が挨拶し、「社会は確実に変わりつつあります。以前であればトップ、その下に2、3人の幹部、夫々の下にそれを支える人がいる階層組織が一般的でした。しかし今、情報化社会の中でクラウドでは階層分けせず平面に全てを散らばらせて、検索できるようにする、いわゆるネットワークの時代に変わってきています。このネットワークを我々の意志で維持すれば、相互に絡み合い、絆や関心によって社会をいつまでも平和に保ち、戦争などを無くす、一番確実な方法が定着しそうです。それと同時にアールブリュット分野は、今までいわゆる職業芸術家たちの外にある形でしたが、私達の社会では全てがボーダーレス、つまり境界不明です。そういう中でファインアートとその周辺の美術とアールブリュットの境がなくなり、それを取り込むことで美術の可能性や範囲をより大きくする状況に変わりつつあります。その意味でネットワークとアールブリュットの積極的な推進によってアメニティ、我々にとって心地よい社会を創ることになっていくのではないか」とその期待を語り、広く支援を呼び掛けた。

 

次の「事例発表+意見交換」では東京・中野区、京都・亀岡市、滋賀県からそれぞれ「アール・ブリュットがつなぐ商店街と芸術・文化の創造の街」、「みずのきの活動と美術館ができるまで」、「作品をグッズにする時どうします?出展謝礼をも らったらどうします?」 のテーマで活動報告があった。地域現場での「アール・ブリュット」の反響の大きさ、苦労の実態などが伝えられた。

 

 

日比野克彦氏(右)と青柳氏(中)による記念対談、左は保坂健二朗氏

日比野克彦氏(右)と青柳氏(中)による記念対談、左は保坂健二朗氏

青柳氏と日比野氏による記念対談「アール・ブ リュットの魅力とネットワーク」(コーディネー ター:保坂氏)では、日比野氏が昨年訪れたという岩窟壁画(エジプト・リビアの国境にあるキルフルビール)の感動を語った。「2、3万年前、人はなぜ絵・壁画を描き始めたのか。描いた人の気持ちを体験したかった。洞窟の中は真っ暗気です。正に何も見えない、恐怖。けれど暗闇の中でこそイメージを形、絵にする。今は明るい所で見て描くのが当たり前だけど最初そうではないのだと思いました。また、アール・ブリュットの作家たちの作品を見たときもドキッとすることが多くあります。3万年前の壁画を見ての驚きと共通する。現代は人間が宇宙に行く時代。でも3万年前の絵を見ても感動してしまう。 それが美術の凄いところです。絵というのは進化しないのではないか、と思う。個々の世界の連続ですね。いわゆる先人が作った学問をバトンタッチして自分がその研究分野を発展させていく科学があるからこそ人間は宇宙に行く訳ですが、芸術はそういうものではない。個々の芸術の積み重ねです。だからこそ何万年前の絵を見ても感動する我々がいるということ。それはアール・ブリ ュットを見てもいえます。世間の常識とか世俗的な欲望には囚われず表現している作家達です。本当に描きたいことを、描きたいように描いている。本来の芸術のところをぶれずに行っている。3万年前の絵を描いた人と同じです。アール・ブリュットのアートから学ぶべきものは沢山あります」 などと語った。

 

田口ランディさんの講演(アサダワタル氏との共演)に引き続いて、締め括りとして嘉田滋賀県知事と保坂氏による「アールブリュット 次の一歩に向けて」が話された。

 

なお、アール・ブリュットの事務局では、ネットワークの趣旨に賛同する会員を募集している。個人・団体を問わず、会費は無料。入会についての詳細は、滋賀県総合政策部「美の滋賀」発信推進室まで問合わせを。同推進室は滋賀県大津市京町4-1-1 ☎077-528-3333  リンクはこちら

 

 「新美術新聞」2013年2月21日号(第1304号)3面より

 


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