[通信アジア]ハワイトリエンナーレ開催:南條史生

2022年04月18日 10:00 カテゴリ:コラム

 

ボタニカルガーデンのアイ・ウェイウェイ

ボタニカルガーデンのアイ・ウェイウェイ

 

ハワイではコロナ問題に苦しみながらも、ハワイ・トリエンナーレが開催された。

 

この事業の発端は、2017年に私がディレクターになって開始されたホノルル・ビエンナーレである。第一回目は、ハワードヒューズというディベロッパーが広大なショッピングセンターと資金を提供してくれて実現した。二回目はニナトンガがディレクターとなったが、数々の困難があり、迷走した。そして今年には、ハワイ・トリエンナーレと改名して第三回目が行われたと言うことになる。

 

紆余曲折あるのはこうした催しの常だが、基本はメイン会場と、メインの出資者が確定していなかったことにある。そしてトリエンナーレという3年に一度の開催になったのは、そうした準備期間を十分にとれるようにするためである。

 

今回はワシントンのハーシュホン美術館館長メリッサ・チウ(ハーシュホーン博物館と彫刻の庭館長)がキュレトリアル・ディレクターをつとめた。他に、手塚美和子(荒川修作+マドリン・ギンズ リバーシブル・デスティニー財団アソシエート・ディレクター)とドリュー・カフアイナ・ブロデリック(カピオラニ・コミュニティ・カレッジ コア・ギャラリーのディレクター)がアソシエイト・キュレーターとなっている。

 

参加作家は43名(組)で、日本人は9人(半田真規、久門剛史、岩根愛、加藤泉、目[mé]、大竹伸朗、鳥光桃代、蔦谷楽、山城知佳子)と、最も多い国のひとつである。

 

テーマは「パシフィックセンチュリー」ということで、ハワイの独自の社会、環境などについてのコメントとなる展覧会を試みた。会場は7カ所に分かれているが、地元の4つの美術館と植物園が参加していると言うことで、美術館ネットワークが基盤となったトリエンナーレだという事が出来るだろう。しかし美術館が互いに話し合いをしたわけではなく、トリエンナーレ事務局が各美術館に個別に話をして作り上げたネットワークである。

 

各会場にはそれぞれ特徴があるが、ボタニカルガーデンではアイ・ウェイウェイの巨大な鉄の木が設置され、ビショップミュージアムでは加藤泉の人像像がそびえ、エノラゲイと原爆の問題をインスタレーションにまとめ上げた蔦谷楽が注目された。一方でハワイ美術館では、シアスターゲイツが日本の古美術展示室に彼の作り出した工芸、壺、などを対比させて設置し、興味深い展示を行った。二つの現代美術棟では、シュー・ビン、ユーリー・ケンサク、岩根愛、目、などの力作がならんだ。また独立したギャラリーで展示されたタジマミカの作品は、ハワイのSNSにインターアクティブに反応する煙のイメージを上映して、独自の境地を示した。ワイキキのショッピングセンター「ロイヤルハワイアンセンター」では久門剛の光跡風のインスタレーションが多くの人の興味を引き、また鳥光桃代のウサギが異彩を放った。

 

もっとも地元の人たちにとっては、ブロデリックが州立美術館でキュレーションした地元の作家やクリエーターの出版物、ドキュメンタリー写真、素描、などを展示したセクションが重要だった。そこで一貫しているトーンは植民地化され、軍事産業に席巻され、開発の波に揉まれるハワイの人々や自然、環境への批判的なまなざしである。

 

私は、一回目のディレクターとして敬意を表されて名誉理事となっていたので、審査員として招待された。グランプリ一人を決める審査だったが、議論の末に地元の写真家エルパイオプレス‘Elepaio Press (Richard Hamasaki and Mark Hamasakiの日系人兄弟)に賞が確定した。それは彼らがハワイの開発事業に対する批判的なドキュメントを写真と出版で報道し続けた長年の業績に対してである。

 

しかし賞のあり方として、今後も地元優先でいくかどうかは、議論の余地があるだろう。芸術祭がどれだけ地元尊重して、どれだけ国際的に開いていくか、常にバランスが重要となることを考えさせられた。

 

ハワイ州立美術館内のブロデリックによるセクション展示

ハワイ州立美術館内のブロデリックによるセクション展示

 


関連記事

その他の記事