金魚絵師 深堀隆介展(平塚市美術館・7/7~9/2)

2018年07月27日 16:37 カテゴリ:最新の展覧会情報

 

境界をずらす金魚絵師

 

横浜市のアトリエにて(5月29日撮影)

横浜市のアトリエにて(5月29日撮影)

 

もう美術なんてやめてしまおう。行き詰まっていた18年前、ふと目に入ったのが自室で飼っていた金魚だった。泳ぐ姿の背景に、古の金魚職人たちの「手」が幾つも見えた気がした。金魚を描くきっかけとなったこの出来事を「金魚救い」と呼び、今も大切に思い返す。

 

金魚絵師という肩書きは、TVや雑誌で広く取り上げられる中で生まれた言葉だった。うつわの中に透明な樹脂を流し込み、表面に想像上の金魚を少しずつ描く。それを何度も繰り返すことで、まるで生きているかのような立体的な像が現れる。祖父の影響で慣れ親しんだ水墨画の筆遣い、幼い頃祖母の茶室で魅せられた茶碗の宇宙、大学時代に興福寺で見た仏像の不思議なリアリティー。東洋の多様な美に触れてきた経験が、現在の制作に繋がっている。

 

《金魚酒 命名 美宙》

《金魚酒 命名 美宙》

超絶技巧と賞されるその作品は、大衆性を備えるだけでなく、積層の絵画としての一面も持つ。樹脂を重ねることによって、透明な支持体の厚みが増し、絵具の痕跡が次第に濃い影を落とす。樹脂は取り扱いが難しい素材だが、「水面という境界線を自在にずらすことができる」のが魅力だ。手作業で描かれた立体的な絵画には、昨今の3Dプリンターとは対照的に、長い時間と深い想いが閉じ込められている。

 

平成最後の七夕の日、平塚市美術館にて、公立美術館では初となる大回顧展が開幕した。マーク・ロスコを思わせる抽象表現や、木彫りの熊に金魚をくわえさせたユーモラスなオブジェなど、従来とは異なるイメージも楽しめるだろう。「室町時代より愛される金魚は、職人によって常に改良されてきた魚。金魚の美を考えることは、日本人とは何かを考えることにつながります」。

 

絵画、立体、工芸。様々な境界を揺さぶりながら、日本人の美意識や精神性を探る金魚絵師・深堀隆介。その試みを再考する好機がやってきた。

(取材:岩本知弓)

 

 

木の桶を使用した作品。幼い頃から魚への関心は強く、小学校の文集に「魚のエラがほしい」と書いたこともあった。「魚に自分を投影して制作しています」

木の桶を使用した作品。幼い頃から魚への関心は強く、小学校の文集に「魚のエラがほしい」と書いたこともあった。「魚に自分を投影して制作しています」

 

鑑賞用として人工的に飼育されてきた金魚に対し、「実はその子孫繁栄のために人間が利用されているのではないか」と感じることもあるのだと語る。「策略的な生きものかもしれないけれど、そう多面的に捉えることができるのも金魚の魅力の一つです」

鑑賞用として人工的に飼育されてきた金魚に対し、「実はその子孫繁栄のために人間が利用されているのではないか」と感じることもあるのだと語る。「策略的な生きものかもしれないけれど、そう多面的に捉えることができるのも金魚の魅力の一つです」

 

木彫りの熊の鮭を金魚に変えたオブジェ(上)と、金魚すくいのビニール袋をイメージした新作(下)

木彫りの熊の鮭を金魚に変えたオブジェ(上)と、金魚すくいのビニール袋をイメージした新作(下)

 

マーク・ロスコを思わせる表現など、抽象度の高い新たな金魚絵画が楽しめる

マーク・ロスコを思わせる表現など、抽象度の高い新たな金魚絵画が楽しめる

 

作業机。制作の際は、枡のほかに、ヒビが入った陶器やお菓子のパッケージなどの「役目を終えた器」も使用する。本来捨ててしまうはずの素材に新たな命を吹き込む行為は、深堀ならではの「金継ぎ」のよう

作業机。制作の際は、枡のほかに、ヒビが入った陶器やお菓子のパッケージなどの「役目を終えた器」も使用する。本来捨ててしまうはずの素材に新たな命を吹き込む行為は、深堀ならではの「金継ぎ」のよう

 

 「偶然性の美を大切にしたい」との想いで、今展では制作の際に使用した新聞紙をオブジェにした作品も展示

「偶然性の美を大切にしたい」との想いで、今展では制作の際に使用した新聞紙をオブジェにした作品も展示

 

春と秋の金魚すくいをイメージした新作。金魚すくいは「本来捨ててしまうはずの金魚に貰い手を与える」一面もあるのだという。「各地で夏祭りも開かれる今、展覧会をきっかけに金魚すくいに行きたいと思ってもらえたら嬉しいです

春と秋の金魚すくいをイメージした新作。金魚すくいは「本来捨ててしまうはずの金魚に貰い手を与える」一面もあるのだという。「各地で夏祭りも開かれる今、展覧会をきっかけに金魚すくいに行きたいと思ってもらえたら嬉しいです」

 

実際の金魚を見ながらではなく、「常に頭の中で品種改良しながら」描いている。かつて仏師が想像しながら仏を彫ったように、空想することで躍動感が生み出されている。今作はサイズが大きいため、毎回2リットルの樹脂を流し込んでも数ミリの厚みにしかならなかったのだという

実際の金魚を見ながらではなく、「常に頭の中で品種改良しながら」描いている。かつて仏師が想像しながら仏を彫ったように、空想することで躍動感が生み出されている。今作はサイズが大きいため、毎回2リットルの樹脂を流し込んでも数ミリの厚みにしかならなかったのだという

 

展覧会タイトルの「しんちう屋」とは、江戸時代の金魚屋のこと。この作品では外側の板も自作し、側面には自らの書をコラージュした

展覧会タイトルの「しんちう屋」とは、江戸時代の金魚屋のこと。この作品では外側の板も自作し、側面には自らの書をコラージュした

 

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深堀 隆介(Fukahori Riusuke)

1973年愛知県生まれ。金魚の一大産地である弥富市の金魚を見て育つ。愛知県立芸術大学でデザイン・工芸を専攻。ディスプレイ会社で勤務した後、百貨店や水族館など様々な場で発表を重ね、近年はNYやロンドンでも個展を開催。現在横浜市在住、横浜美術大学客員教授。7月7日~9月2日の「金魚絵師 深堀隆介展 平成しんちう屋」(平塚市美術館)では新作インスタレーションをはじめ200余点を出品する。9月15日~11月4日には刈谷市美術館に巡回。

 

【展覧会】金魚絵師 深堀隆介展 平成しんちう屋

【会期】2018年7月7日(土)~9月2日(日)

【会場】平塚市美術館(神奈川県平塚市西八幡1-3-3)

【TEL】0463-35-2111

【休館】月曜(ただし7/16は開館)、7/17(火)

【開館】9:30~17:00(入場は16:30まで)
【料金】一般900円 高校・大学生500円 ※中学生以下、毎週土曜日の高校生は無料

 

【関連リンク】深堀隆介 ホームページ

 

 


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