【長野】 特別企画展 山本文彦展

2014年07月10日 11:32 カテゴリ:二紀会

 

 

日本藝術院会員、二紀会常務理事の洋画家・山本文彦(1937年東京生まれ、筑波大学名誉教授)。疎開によって約10年間を過ごした長野県佐久市において、大規模な回顧展が開かれる。初期作から新作まで、時々の代表作を含む約70点の出品からその軌跡が紹介される。

 

 

「叢岩」 1991年 193.9×259.1cm 茨城県近代美術館蔵

「叢岩」 1991年 193.9×259.1cm 茨城県近代美術館蔵

生命の記憶から

世界との間を測る

市川政憲(美術評論家)

 

 

山本文彦の作品と初めて出会ったのは、40年以上も前のこと、ある美術館に勤めて間もない時であったが、前年度の安井賞を受賞した彼の作品の収蔵に関わることになった。《語りI》と題された絵はタイトルどおり何か物語がありそうな作品で、しかし、いずれの物も所在が定かでない。現れて来るのか消えて行くのか、画面がもたらす定かならぬ非現実の間(あわい)を、虚ろな青空を反映した水の幕を通して見ているような、具象的ながら実在感の表現とは正反対の不在感に共振したことを思い出す。茫漠とした感覚以上にはその「語り」から明かされるものはなく、物語を紐解けないもどかしさが残ったが、その後の彼の道のりを多少とも知った今、解きほぐし難いまでに結ぼれたものこそが、山本文彦が向き合ってきたものではないかと思えてきた。他人の共感や理解の及ばぬ、頑ななまでに個体的な、一個の生の根源にかかわるものが潜んでいるように思われる。

 

《語り》との出会いから40年近い時を経て、私は新たな職場となった茨城の美術館で再び彼の作品と接することになった。その内の二点がこの展覧会に出品されている。

 

「休息の時Ⅱ」 1981年 130.3×162.1cm 茨城県近代美術館蔵

「休息の時Ⅱ」 1981年 130.3×162.1cm 茨城県近代美術館蔵

《休息の時Ⅱ》の女性が横たわるのは叢だろうか。女性の輪郭は光の粒子で包まれたかのようにやわらかに、さだかならぬ間を醸し出す。無数の引っ掻き傷や細筆の重なりが表面を織りなし、見慣れぬ褥(しとね)が画面と一つにならんとするかのように立ち上がる。しかし同時に、この褥は画面を覆い切っていないことで浮島のようにも捉えられる。

 

この絵の前である時、彼の住む牛久の先人・小川芋銭が好んで賛とした良寛の言葉を聴いた。「汎如水上蘋(ただようことみなものうきくさのごとし)」。影響などを言うつもりはないが、芋銭の精神の遠いこだまを覚える。先人たちの、視覚的な記憶を幻影と見る精神が明るいのは、根底で自然という全体とひとつに繋がっているからであろう。その面から私は《叢岩》に着目する。女性はさまざまな姿態で反復的に登場し、犬、猫、蛇、鳥、さらには岩と一体化した化石らしきものまでが見え隠れする。

 

ところで其処は何処なのか、いみじくも彼は「叢岩」と名付けた。記憶の褥たるやわらかな叢はまた、生命の河床たる堅き岩盤でもあることが暗示されていると読めないだろうか。山本文彦という画家は、「生命」としての記憶を手がかりに、視覚的な記憶をこえて、広大なあるいは根源的な世界との間を測り続けているのではないだろうか。

 

「花」2007―2012年 65.2×90.9cm

「花」2007―2012年 65.2×90.9cm

【会期】 2014年7月19日(土)~9月15日(月・祝)

【会場】 佐久市立近代美術館(長野県佐久市猿久保 35―5)☎0267―67―1055

【休館】 月曜(祝日は除く)

【開館時間】 9:30~17:00

【料金】 一般600円 高校・大学生400円 小・中学生250円

 

【関連リンク】 佐久市立近代美術館

 

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「新美術新聞」2014年7月11日号(第1349号)1面より

 

 


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