【長野】 平山郁夫―仏教伝来 佐久市立近代美術館開館30周年記念特別企画展

2013年10月03日 19:07 カテゴリ:日本美術院

 

平山郁夫「仏教伝来」 紙本彩色 1959年 佐久市立近代美術館蔵

平山郁夫「仏教伝来」 紙本彩色 1959年 佐久市立近代美術館蔵

 

開館30周年を迎えた佐久市立近代美術館のなかで平山郁夫(1930―2009)の出世作「仏教伝来」は、異彩を放つ作品として知られる。2009年12月に他界し3年余り、初期の仏伝シリーズを多く所蔵する同館初の平山郁夫展として、『瀬戸田・ヒロシマ』『東京美術学校・師と周辺』『美術学校と風俗画』『仏教伝来』『日本画家・平山郁夫』の5章を、ゆかりの作家の作品を含め約90点により展観する。

 

戦後昭和を代表する日本画家 平山郁夫と仏教伝来

土屋信(佐久市立近代美術館学芸員)

 

平山郁夫「出現」 紙本彩色 1962年 佐久市立近代美術館蔵

平山郁夫「出現」 紙本彩色 1962年 佐久市立近代美術館蔵

佐久市立近代美術館で、「平山郁夫―仏教伝来」展を企画した理由がある。平山郁夫は昭和を代表する日本画家であるからだが、「仏教伝来」は開館当時から当館の所蔵品である。佐久市に寄贈され、美術館建設の契機となった、油井一二の蒐集したコレクションの一点である。

 

平山が29歳の時、昭和34(1985)年の第44回再興日本美術院展に出品した「仏教伝来」は画家の原点となった。死への不安の中で描いた本作は「前とはまるっきり違って」、その後の画業の方向を決定づけ、やがてシルクロードの画家として広く知られるようになる。中国唐代の僧、玄奘三蔵が17年に及ぶ天竺への旅の帰路、オアシスにたどり着いた場面を描いたこの作品を出発点として、三蔵の求法の旅を壮図としてなぞらえた平山の文化の源流を探す旅は、平成12(2000)年12月31日、薬師寺の「大唐西域壁画」で一応の終着を迎えた。「仏教伝来」は平山が一人の画家として歩みだす自信となった重要な作品である。しかし、大河小説の冒頭の一場面としてしまうのでは、この作品はあまりに惜しい。

 

平山郁夫「天山南路(夜)」 紙本彩色 1960年 佐久市立近代美術館蔵

平山郁夫「天山南路(夜)」 紙本彩色 1960年 佐久市立近代美術館蔵

「仏教伝来」をいち早く評価したのは美術評論家の河北倫明である。昭和34年9月8日の朝日新聞朝刊の美術展評に、奥村土牛の代表作となった「鳴門」を写真入りで紹介し、最後の二行に「平山郁夫『仏教伝来』という絵もおもしろい味がある。」と書いた。東京芸大日本画科の助手を勤めているとはいえ、若い無名画家を新聞の批評に取上げた。河北がそれほど感じた「おもしろい味」とは何だろうか。河北は後に「老成の中の若々しさ、みずみずしい静けさ、さわやかな情熱」とも述べている。本作には相反する印象を与える多種多様な趣がある。

 

異なるものを同一の画面に込め、一つの表現とすることを目指したのだろうか。平山は出身の生口島(現・広島県尾道市瀬戸田町)について、潮の干満による大量の海水の流れと、潮の止まる瞬間について触れた後、次のように書いている。

 

「私の絵にしても、やはり、幼いころの心象風景が大きな影響を与えているのを、自分でも感じます。だいたい私の絵は、静止した場面が多いのです。たとえ動くものを描いた場合でも、どこかに休息のイメージを漂わせています。たとえば、馬に乗った人物を描くとき、馬は確かに動いているのですが、その周りには花々が静かに咲いている。飛び回る鳩を描いても、大気はひっそりと澱んでいるというように、全体としては、静的なイメージの画面になっています。いわば動と静が一体となったところに、私は自分の『美』を見出すのです。」

 

ここでいう「馬に乗った人物」「花々」「鳩」は「仏教伝来」を思わせる。作品に「動と静」のように対を成すものが描かれているなら、それは「ヒロシマと瀬戸田」であり、平山の「絶望と希望」である。

 

平山郁夫「法隆寺金堂六号壁画 本尊阿弥陀如来 (模写)」 紙本彩色 1950年 佐久市立近代美術館

平山郁夫「法隆寺金堂六号壁画 本尊阿弥陀如来 (模写)」 紙本彩色 1950年 佐久市立近代美術館

本展では、平山のいう風俗画が重要な意味を持つ。卒業制作の「三人姉妹」、昭和27(1952)年に日本美術院展に応募した「家路」、その翌年から同院展で連続入選となる「家路」から「漁夫」までの作品である。これらは、生口島や瀬戸内に取材した作品で、日々を平穏に営む人々の姿で構成されている。平山は「三人姉妹」に対して、「泣きべそをかくちびたちの妹がそこにいるようです」と語る。瀬戸田を表現した風俗画の延長に「仏教伝来」はある。

 

本展は、平山の少年期の作品、「広島生変図(下図)」、東京美術学校や日本美術院の周辺作家の作品、美校時代の作品、風俗画など「仏教伝来」以前の作品に、仏伝シリーズやその習作・下図、併せて、晩年の作品も展示する。これらは「仏教伝来」を中心に集約・展開する。楽しんでご覧いただきたい。「仏教伝来」がこれからも美術ファンだけでなく、多くの方に愛されていくことを望む。

 

 

【会期】 9月14日(土)~11月10日(日)

【会場】 佐久市立近代美術館 油井一二記念館(長野県佐久市猿久保35―5)☎0267―67―1055

【休館】 9月30日(月)・10月7日(月)・21日(月)

【開館時間】 9時30分~17時

【入場料】 一般800円 高校・大学生400円 小・中学生250円

 

関連イベント

絵を見て語る会

【日時】 10月27日(日) 14時~

【講師】 福島徳佑(平山郁夫シルクロード美術館理事)

※入場無料ただし要観覧券

 

【関連リンク】 年表 佐久市近代美術館30年の歩み

 

「新美術新聞」2013年9月21日号(第1323号) 5面より

 


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