大樋年朗—茶陶の名門・大樋焼の当主

2015年02月10日 18:14 カテゴリ:北陸×ART×KOGEI

 
北陸の工芸
 
陶芸 大樋年朗
 
 
十代大樋長左衛門と大樋年朗、創作にあたっては二つの名前をもつ。前者は茶陶の名門・大樋焼の当主として、後者は日展や日本現代工芸美術展、個展など自由な発表の場に於いて。
 
大樋焼は、裏千家の茶道と樂焼の流れを汲み、1666年金沢東郊の大樋町に築窯した。以来350年・十代にわたり大樋の土、轆轤を使わない手捻り、飴釉を特徴とし、加賀・金沢より侘び寂びの精神を伝えてきた。
 
「私の制作は単なる伝統や古典の継承ではないんです。今も昔も伝統とは守るものではなく残ったものだと思います。そこには常に〝創意創作〟がなくてはなりません」
 
金沢は数寄者の存在が連綿と続き、茶文化が息づく町。それゆえ多様な伝統工芸が根付き、独特の美意識、文化が育まれてきた。大樋作品は伝統と創意が刺激し合い相乗効果を伴って発展し、二つの名前も切磋琢磨し変革を続けている。
 
「創るというのは人がやらないことをやること。人様のいいところを参考にインプットし、流行に乗ることも大事。加山又造や勅使河原宏など東京美術学校(現東京藝大)の同級生をはじめ、中川一政、熊谷守一、杉本健吉のような尊敬する芸術家とも交流でき、参考にするものが沢山ありました」
 
また「1965年に一般に先駆けてヨーロッパへ行きました。以来20カ国以上を訪ねましたが、興味を抱いた国々や、人が行かない場所へも随分出掛けました」。陶芸以外のさまざまな分野にも関心を向け、自ら足を運び積極的に行動した。それによって感性が磨かれ、作家として、人間として大きな糧を得た。
 
「僕は昔から人よりも大きな作品を作ります。賞や肩書きを貰って安心したらだめであって、若くたくましく、負けん気をもった青年のつもりで作らねば。そして長生きして、私は最後の落とし所を見てみたいんです」。一以貫之、制作への飽くなき厳しい姿勢は変わることがない。
 
北陸新幹線金沢開業について、「私が東京美術学校に入学した1944年当時は、夜行で金沢―東京間を往復しました。それが2時間30分で東京と結ばれるとは、隔世の感があります」。昨年春には、大樋美術館併設の大樋ギャラリーと茶室を改修(隈研吾設計)、茶室に千住博の襖絵が納まり、石川県、金沢市あげて観光客を迎える準備は既に整っている。
 
 
【個展情報】
◎十代 大樋長左衛門展
2015/4/15(水)〜4/21(火) 日本橋三越本店 本館6階 美術特選画廊

 
 
 
【関連リンク】
⇒代表作家インタビュー 吉田美統(陶芸)
⇒代表作家インタビュー 武腰敏昭(陶芸)
⇒代表作家インタビュー 三谷吾一(漆芸)
⇒代表作家インタビュー 小森邦衞(漆芸)
 

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