富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] :KinoSaito

2021年10月27日 10:00 カテゴリ:エッセイ

 

開館記念パーティで挨拶する猪野未錦子(いの・みきこ)。左はレジデンシ―作家のアレクサンドラ・ロハス、右はディレクターのベス・ベン。 筆者撮影

開館記念パーティで挨拶する猪野未錦子(いの・みきこ)。左はレジデンシ―作家のアレクサンドラ・ロハス、右はディレクターのベス・ベン。 筆者撮影

 

斎藤規矩夫という画家をご存じだろうか。

 

1939年東京に生まれ66年に渡米。経済的事情で日本では美術学校に行かなかったが、NYでケネス・ノーランドやラリー・プーンズなどのカラーフィールド系画家のアシスタントをしながら自らの画風を確立し、画廊での発表をコンスタントに続けた。と同時に、日本で習得した舞台デザインの技術を生かしてラ・ママなどで実験的な舞台芸術にも取り組んだ。2016年に他界。

 

歿後、未亡人の猪野未錦子が中心になってKinoSaito財団を立ち上げ、故人の誕生日である去る9月9日、NYから北に郊外電車で一時間ほど北上したヴァ―プランクにアート・センターをオープンした。

 

建物はもともと聖パトリック学校の校舎だったものを生前に斎藤がスタジオとして使っていた。配慮の行き届いた修復をして、清々しい空間構成になっている。6週間のローテーションで作家を招聘するレジデンシーのための広々としたスタジオも2室ある。

 

年3回の予定で展覧会を組むが、開館記念は、演劇と美術にまたがり活躍した斎藤を回顧するにふさわしく1997年の舞台作品《トイ・ガーデン》を中心に構成されている。

 

《トイ・ガーデン》(玩具の庭)は、ルネッサンスの画家カルパッチョの《二人のベネチア婦人》に発想してダンスと演劇を組み合わせ、自らが舞台装置も手がけた斎藤の代表作品だ。今回はラ・ママの協力を得て、複雑な構造の作品をミニマルに翻案(リプライズ)したダンス作品として公開した。

 

斎藤規矩夫の舞台作品にもとづく《トイ・ガーデン・リプライズ》 筆者撮影

斎藤規矩夫の舞台作品にもとづく《トイ・ガーデン・リプライズ》 筆者撮影

 

2室ある展示室のうち、メインのスペースでは演劇と絵画の往還をテーマにした「パフォーマンスとしての絵画・絵画としてのパフォーマンス」を展観。《トイ・ガーデン》のためのドローイングや舞台装置を見せながら、大作絵画を紹介していて興味深い。

 

日本ではほとんど無名に近い斎藤だが、アシスタントをしていたノーランドやプーンズ、さらにはヘレン・フランケンサーラーなどと親交があり、NYのアート界ではフォーマリズム批評のクレメント・グリーンバーグの人脈につながっていた。しかしながら、ここで展観されている90年代の絵画には「カラーフィールド」というキャッチフレーズではとらえきれない重層的な表現がある。

 

注意すべきは、フォーマリズムの絵画が絵画の内側に閉じた空間を作るのに対して、そもそも斎藤の絵画は開いている。絵画という個人の作業と、演劇という集団による発想が混淆しているとも言える。それぞれのブラッシュストロークが浮遊し、そこかしこに挿入される矢印などの振り付けスコアの記号や舞台装置のモチーフと相互反応を起こして、画面全体に微妙な蠕動を醸し出す。

 

画面が舞台だ、と言ってしまうと、あまりに安易に流れる懸念があるが、自由度の高い画面の構築は、60年代の厳格なフォーマリズムを通り抜けて、21世紀の新しい絵画へ向かって羽ばたいていた。そんな印象が強い。

 

財団では、今後アーカイブ整備やレゾネの編纂にあたるそうで、成果を見守りたい。

 

「パフォーマンスとしての絵画・絵画としてのパフォーマンス」展の展示風景。左のイグアナはダンス作品《トイ・ガーデン》の舞台装置。筆者撮影

「パフォーマンスとしての絵画・絵画としてのパフォーマンス」展の展示風景。左のイグアナはダンス作品《トイ・ガーデン》の舞台装置。筆者撮影

 

ダンス作品《トイ・ガーデン》のためのドローイング。左下は舞台装置の一つ。 筆者撮影

ダンス作品《トイ・ガーデン》のためのドローイング。左下は舞台装置の一つ。 筆者撮影

 

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