富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] :社会派の元祖―ハンス・ハーケ

2020年01月28日 10:00 カテゴリ:エッセイ

 

ニュー・ミュージアムのハンス・ハーケ「すべては繋がっている」展の4階会場

ニュー・ミュージアムのハンス・ハーケ「すべては繋がっている」展の4階会場。
© Hans Haacke / Artists Rights Society (ARS), New York. Photo: Dario Lasagni 

 

昨年の現代美術界は、特にアメリカでは、アートと社会の関係が問題になった。

 

昨年「新美術新聞」8月1日号で触れたように、美術フィランソロピーで知られるサックラー一族がオピオイド系鎮痛剤中毒の社会責任を問われた件や、他にも戦争犯罪に加担したとしてホイットニー美術館の理事が辞任に追い込まれた件など、特に富裕層の個人や大企業から美術館に流れてくる多額の寄付への問題意識が表面化した一年だった。

 

ハンス・ハーケは、そうした社会派の視線を作品の中に取り込んだ先駆者で、ニュー・ミュージアムで回顧展「すべては繋がっている」が10月から開催されている(~1/26)。

 

多様な戦略を使ったハーケの典型を知りたければ、4階が最適だ。1960年代のキネティック・アートへの取り組みを示す69年の《循環》は、プラスチックのチューブを床に網目のように張り巡らし、文字通り水をポンプで循環させる。翌年の東京ビエンナーレに出品されて東京都美術館内と上野公園に設置された作品だ。日常生活に浸透しながら目には見えないマネー・パワーを視覚化したコンセプチュアルな代表作《1971年5月1日現在のシャプロスキー他のマンハッタンの不動産所有状況》は、市役所での記録調査に地図と写真を組み合わせ物量作戦で壁三面にぐるりと展示する。中央には2014年の《馬の贈り物》が会場を睥睨するかの如く高い台座に立つ。ロンドンのトラファルガー広場の記念碑に関連した作品で、歴史や社会背景の研究に基づいた大型インスタレーション。騎馬像にあしらわれたリボンに地元の株式市場の電光表示(本展ではNYSE)を出すところがハーケらしい。

 

これらの作品に一貫しているのは「システム」への批判眼だ。重力や風、水などを構成要素に成立する「自然」というシステムを、時にはローテク(扇風機)を使い可視化する。それが60年代のキネティックな作品群になり、70年代以降の社会システムの解剖へとつながっていく。今回興味深かったのは、そうしたシステムへの眼差しが作家活動を始める前に育まれていたという事実だった。

 

同展5階会場。《写真ノート―ドクメンタ2》1959年の細部 © Hans Haacke / Artists Rights Society (ARS), New York. Photo: Dario Lasagni

同展5階会場。《写真ノート―ドクメンタ2》1959年の細部
© Hans Haacke / Artists Rights Society (ARS), New York. Photo: Dario Lasagni

 

5階会場では、一連のアンケート調査の作品群を展観していたが、その前身としてされていたのが、高校の美術教師になるべくカッセルの美術アカデミーで美術教育を学んでいた時の《写真ノート―ドクメンタ2》だ。ドイツの大都市ケルンに生まれたハーケが地方都市カッセルの美術アカデミーを選んだのは現代美術への取り組みが進んでいたから。在学中の59年にドクメンタ2が開催され、展覧会解説に駆り出された経験の中で「展覧会」が美術のみならず、キュレーターや地元政府、ひいては国際国家の思惑も絡んでくる社会的位相を持っていることに気付いたという。「社会」というシステムの発見だった。

 

それが70年の《MoMA世論調査》につながる。当時再選をめざしていたNY州知事ネルソン・ロックフェラーに投票するかどうかを来場者にアンケートした。ロックフェラー一族は創設当時から MoMA に貢献してきただけに論議をかもしたことは言うまでもない。ちなみに、72年のドクメンタ5には作家として参加、こちらもアンケートで来場者のプロフィールを作品化した。

 

同展3階会場。左から:《棚卸》1983–84年と《メトロ・モビルタン》1985年 © Hans Haacke / Artists Rights Society (ARS), New York. Photo: Dario Lasagni

同展3階会場。左から:《棚卸》1983–84年と《メトロ・モビルタン》1985年
© Hans Haacke / Artists Rights Society (ARS), New York. Photo: Dario Lasagni

 

同展2階会場。左から《波打つ白線》1967/2011年、《凝縮の大立方体》1963–67年、《青い帆》1964–65年 © Hans Haacke / Artists Rights Society (ARS), New York. Photo: Dario Lasagni

同展2階会場。左から《波打つ白線》1967/2011年、《凝縮の大立方体》1963–67年、《青い帆》1964–65年
© Hans Haacke / Artists Rights Society (ARS), New York. Photo: Dario Lasagni

 

≫ 富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] アーカイブ

 


関連記事

その他の記事