富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] :ヨークシャー・トライアングル

2017年12月21日 10:00 カテゴリ:エッセイ

 

ヨークシャー彫刻パークは典型的にイギリスのちょっと荒涼とした風景。遠くにヘンリー・ムアの彫刻が見える。筆者撮影

 

10月初めにロンドンとリーズに講演出張。ロンドンのテートモダンでは、増築後の収蔵品展示の拡充で、日本のみならず東欧や南米の戦後美術が充実していて興味深かった。手前味噌になるが、私が近著で提唱した「国際的同時性」の考え方と響きあう試みが現場で進行しているのを見るのは嬉しい限りだ。

 

ロンドンから汽車で2時間ほど北に行くリーズはヨークシャーの中心都市。この地域は、ヘンリー・ムア、バーバラ・ヘップワースという2人の近代彫刻の巨匠を生んでいて、2人にちなんだ施設はヨークシャー・トライアングルの愛称で観光の要所となっている。

 

トライアングルの頂点の一つは、ヘンリー・ムア研究所。街の中心にあるリーズ・アート・ギャラリーに隣接しており、ムアのみならず多数の彫刻家の個人アーカイブを所蔵して彫刻史研究を掲げる展示施設兼研究所だ。

 

私が招聘されたのは、10月22日まで開催の高松次郎展との関連。アート・ギャラリーとの共有スペースで10月13日に始まる展示はイギリスのコンセプチュアル作家、デービッド・ダイの回顧展。アーカイブを駆使して忘れられた作家に光を当てる試みだ。

 

第2の頂点は、ヨークシャー彫刻パーク。研究所から車で半時間ほどの広大な丘陵地には、のどかに草を喰む羊の群れと野外彫刻が共存している。天気がよい日には羊が彫刻によじ登ったりもするそうだ。もっとも彫刻巡りをする観客にとっては、そこらじゅうにある羊の糞をよけながらの散策となる(笑)。

 

ヘンリー・ムアの野外彫刻が中心だが、艾未未の《鉄の樹》や、アンソニー・カロやデービッド・ナッシュ、またジェームズ・タレルやジョナサン・ボロフスキーなど、見るものは多い。特別展も活発で10月14日からはアルフレド・ジャーの個展が始まる。

 

ヨークシャー・トライアングルの白眉は第3の頂点、ヘップワース・ウェイクフィールドだ。ともすればムアの影に隠れがちだった女流彫刻家の個人美術館は2011年に地域再開発の要として開館。

 

ヘップワースを同時代や後続の彫刻の中に位置づける通年的な展示では、私が学部の卒業論文でテーマにしたナウム・ガボのリリカルな作品に出会えて超感激。

 

特別企画の「ハワード・ホジキンがインドを描く」展ではカラフルな抽象風景が眼を楽しませてくれたが、作家本人があまり見せたがらなかった写真や手紙などアーカイブ資料を導入部で見せ、インドのモダニスト、ブーペン・カカーなどとの交流を紹介する。

 

総じて、近年の美術館展示では作品中心主義を脱却して、作品の周囲や向こう側を取り込んだ展示が工夫されている。

 

同館の場合、作家の蔵書をずらりとケースに展示したり、素人には分かりにくい彫刻制作のプロセスを作家が残した模型や鋳型、道具を使って立体的に見せていく。生きた作家の足跡を示すだけではなく、作品自体を生きた存在として捉えなおすところに、ひいては歴史を生きた形で考えるところに21世紀の視点があるように思う。

 

ハワード・ホジキン《ブーペン・カカーの家から》1975-76年ヘップワース・ウェイクフィールドの「インドを描く」より Photo Stuart Whipps

 

(左より)ヘンリー・ムア、ナウム・ガボ、バーバラ・ヘップワースの彫刻作品を紹介するヘップワース・ウェイクフィールドの常設展示風景。筆者撮影

 

ヘップワースの道具や制作プロセスを紹介するヘップワース・ウェイクフィールドの常設展示風景。筆者撮影

 

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