[フェイス21世紀]:春日 佳歩〈洋画家〉

2022年11月15日 13:00 カテゴリ:コラム

理性、本能――厄介な人間を見つめて

 

春日佳歩

春日佳歩

 

下着姿の女性が、脇目もふらず食事をむさぼっている――

 

強烈なインパクトを与える作品によって、一昨年上野の森美術館絵画大賞を受賞した春日佳歩。

 

《惨くて、美味しくて、》 2020年 130.3×162.0cm 油彩、カンヴァス 「第38回上野の森美術館大賞展」絵画大賞

《惨くて、美味しくて、》 2020年 130.3×162.0cm 「第38回上野の森美術館大賞展」絵画大賞

 

幼い頃から虫が大好きだった。

 

特にカマキリに対する愛情は格別で、鎌を掲げたり、餌にありついたりする姿に惚れ惚れした。親に『昆虫図鑑』を買ってもらい、毎晩絵本の代わりに読んでもらいもした。

 

虫の造形美のみならず、生に純粋な姿も憧れの理由だった。

 

(左)《片思い》 2018年 60.6×72.7cm  (右)《有情な果て》2021年 60.6×72.7cm 虫の純粋な生に対する憧れ、憧れる人間の側の本能に塗れた眼差し――愛する生命を描く作品にあっても、春日はその両面を容赦なく描き出す

(左)《片思い》 2018年 60.6×72.7cm 
(右)《有情な果て》2021年 60.6×72.7cm
虫の純粋な生に対する憧れ、憧れる人間の側の本能に塗れた眼差し――愛する生命を描く作品でも、春日はその両面を容赦なく描き出す

 

 

虫を愛する一方、春日は人間についてこんな疑問を抱く。

 

自分たち以外の生き物の自由を奪い、あまつさえその命を食らいさえする人間とは何か?

 

それはケースに虫を閉じ込めている春日自身への問いでもあった。

 

人と生き物の関係について思索するようになった春日はある時、食肉の是非を巡り人々が激しい議論を交わしているのを目にした。言い争う人間たちを傍観しているうち、どちらも正しくて、どちらも違う――そう感じた。その瞬間、春日の中で一つの折り合いがついた。

 

「動物をかわいそうだと思う“理性”と、食べなければ生きていけないという“本能”。どっちもあるからこそ人間なんじゃないか」

 

そんなジレンマをジレンマのまま、春日は絵に描いた。

 

《取り囲まれた生活》 2021年 162.0×130.3cm 下着姿の女性というイメージは、絵画を勉強する中で浮かび上がった春日独自の表象。「一見変ではないけれど、よく見ると変」。春日はそんな微妙な違和感を大胆なモチーフで表現しようとした。

《取り囲まれた生活》 2021年 162.0×130.3cm
下着姿の女性というイメージは、絵画を勉強する中で浮かび上がった春日独自の表象。「一見変ではないけれど、よく見ると変」。そんな微妙な違和感を大胆なモチーフで表現している。

 

その作品は、人間のありのままを提示し、ありふれた日常を異化してしまう。下着姿の人物は理性と本能に引き裂かれた人間の姿であり、自画像でもある。

 

人間がはらむ矛盾を問いかけながらも、その葛藤を引き受ける意志が、春日の作品を成り立たせている。

 

今年は上野の森美術館の個展開催に続き、新制作展にも出品するなど、活動の幅を広げた。

 

「やっと外の世界に触れることができた」と振り返る春日。これからは個人的な領域を越え、さらに深く人間のありようを描くために制作と向き合う覚悟でいる。

(取材:原俊介)

 

初個展を機に、自宅の物置部屋を改造して作ったというアトリエ。原点に立ち返って改めて絵画技法を勉強しているという春日。飛躍の年だった今年を以外にも「反省の年」と呼んだのが印象的だった。

初個展を機に、自宅の物置部屋を改造して作ったというアトリエ。原点に立ち返って改めて絵画技法を勉強しているという春日。取材の最後、飛躍の年だった今年を意外にも「反省の年」と呼ぶ謙虚な姿勢が印象的だった。

 

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春日 佳歩(Kasuga Kaho

 

1996年東京都生まれ。2017年女子美術大学短期大学部造形学科卒業。19年武蔵野美術大学造形学科油絵学科卒業。20年「第38回上野の森美術館大賞展」絵画大賞。22年上野の森美術館にて「春日佳歩展」開催、「第85回新制作展」入選。

 


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