[通信アジア]台湾そして島国:青木保

2020年09月21日 10:00 カテゴリ:コラム

 

台湾の李登輝元総統が亡くなられた。

 

難しいとはいえ、現在の台湾の安定した政治経済的状況は李登輝氏の存在なくしてはありえない。とは言っても、台湾の事情に特に通じているわけでもないが、私の大学時代、台湾から来た留学生で文化人類学のゼミ出身者や台湾の大学の先生方と共同研究をしたこともあって台湾の事情はある程度聞いてきた。もう7、8年前になるが、何度か台湾大学や政治大学へシンポジウムに呼ばれたこともあった。美術館時代にも台湾の知人友人がよく訪ねてくれた。このところしばらくご無沙汰しているが、今最も訪ねたい国の一つに違いない。

 

李登輝元総統とは一度お会いしたことがある。もう20年以上前のことであるが、親しくしていただいた故中嶋嶺雄先生が毎年のように台湾との学術文化交流を行われていたことがあった。日本人の学者・研究者を10人ほど連れて訪台され、台湾の学術関係者との共同による講演会・シンポジウムを主宰された。私もその一員に選ばれ参加したのである。最初に参加したとき日本人の参加者全員が総統室を表敬訪問したのであったが、今でも鮮やかに覚えているのは、私たち10名ほどが並んで立っていると総統が来られて一人ずつ握手し声をかけられた。私の前に来ると「青木先生ですか。文化の研究ですね」と言われて握手された。その時の親しみのこもった態度と握手の手の温かさは今でも忘れられない。毎日幾度もあるような総統への表敬訪問であるには違いなく通り一遍の対応でいいのであろうが、私のような者にも忘れがたい印象を残す。真の指導者とはそういう存在ではないのか、と思わずにはいられない。

 

元総統とはその握手の思い出だけであるが、あらゆる面での指導者の在り方として、あの時の李登輝氏のことを思い出す。政治家のことゆえその功罪は当然あるだろうが、現代アジアの生んだ真に偉大な政治家の一人であることは間違いない。

 

私が直接会った数少ないアジアの政治家で強い印象を残した人にもう一人シンガポールの故リー・クアン・ユー元首相がいる。

 

この方とは東京国際文化会館でリー氏を囲み日本の学者5人ほどで晩餐会と懇親会が行われたのだが、リー氏が日本の学者と話し合いたいと希望されたとのことであった。私はもっぱらシンガポールの発展は素晴らしいが、文化が「ない」のが大きな問題であると日ごろの不満を申し上げたのだが、結構耳を傾けられた。何か面白がっておられたような感じがしたことを覚えている。強大な政治家であまり批判的なことを言う者がいないのだろうか、と思った。もう引退はされておられたが、実際の権力者であることは事実に違いなく、おそらく日本の学者に会ったのも初めてであったろう。李氏とは違ったが、あの島国をあれだけ独立発展させた稀有の政治家には違いない。世評では決して表れてこない何かおおらかな人間の雰囲気を感じたのである。

 

今やシンガポールは本気で文化に力を入れている。シンガポールは戦時中日本が占領支配したし、台湾は50年も日本の植民地であった。その記憶は消えるはずもないが、アジアにおける日本の友好国としてその存在は極めて重要である。

 

私が両国に親しみを感じる大きな理由に、両国ともに「島国」だということがある。大陸とは違う風土と人間を感じる。アジアではもう一カ国スリランカがあって、この国の風土も人間も実に好ましい。アジア島国連合でもつくりたいところだ。「島国根性」とは言うが、大陸とは違う独特の風情が漂う。これは例えばインドからスリランカへ行ってみればわかる。

 

まあ、このくらいにして台湾との学術文化交流の重要性についてはまたの機会に語ろう。そしてシンガポールやスリランカとの交流のことも。(政策研究大学院大学政策研究所シニア・フェロー)

 


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