[フェイス21世紀]:吉澤 光子〈日本画家〉

2020年09月09日 13:00 カテゴリ:コラム

 

”誰がために描くか”

 

埼玉県某所にて

埼玉県某所にて(7月撮影)

 

薄暗く湿った梅雨が明け、太陽が痛いほどの光と熱で草木を照らし始めた頃、もう何時間もそこに佇みスケッチをする一人の画家がいた。

 

今年、月刊美術の美術新人賞グランプリを受賞した日本美術院院友・吉澤光子の描く自然は、あくまで身近なものがテーマである。聞けば受賞作《繁々》も、埼玉県の実家近くにある何ら変わったところはないただの緑地がモデルだという。

 

「例えばアフリカやアマゾンなどの自然は素晴らしいけれど、私にとっても観てくれる人にとっても少し遠い存在。やっぱりどこか現実味が無い。」見る人に癒しを感じてもらいたいと語る彼女の絵に壮大な風景は少し過剰で、幼い頃日が暮れるまで遊んだような誰にとっても身近な自然が好ましい。

 

《grass》2020年 72.7×90.9㎝

《grass》2020年 72.7×90.9㎝

 

細密に描かれた自然空間へスパイス的に生き物を映り込ませることで、ある種まちがい探しのようなワクワク感を提供する吉澤の作品はその端正な面白さが確かな評価を受け数々の賞を獲得、折々絵を注文してくれる得意先もできた。

 

3月誰もが未知のウイルスに先の見えない不安を感じていた頃、かねてからの得意先よりコロナに打ち勝つような”朱雀”を描いてほしいと注文が入った。吉澤は普段あまり使わない鮮やかな赤、橙を用い大胆に描いた。邪を焼き尽くすという伝説に一縷の望みを込めて。

 

「独り善がりな絵は描きたくない」。そう語る吉澤には“常に観る人に寄り添う創作を“という思いがある。奇をてらったテーマにも斬新で意表をつくような技法にも用はない。ただ観てくれる誰かのため誠実に描くだけである。

 

誰がために描くか、それは描く者の自由だ。だが彼女が描くとき、その絵はまだ見ぬ誰かのためにある。名作と呼ばれなくても、手に届かないような高価な絵にならなくてもいい。ただ誰かの日常をそっと照らす、そんな優しい絵を目指して。

(取材:牧口真和)

 

《繁々》2019年 60.6×91.0㎝ 美術新人賞デビュー 2020 グランプリ 株式会社インソース蔵

《繁々》2019年 60.6×91.0㎝ 美術新人賞デビュー2020 グランプリ 株式会社インソース蔵

 

《炎炎》2020年 116.7×91.0cm 株式会社インソース蔵

《炎炎》2020年 116.7×91.0cm 株式会社インソース蔵

 

《fullness》2019年 170×216.5cm

《fullness》2019年 170×216.5cm

 

下絵

下絵


 

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吉澤 光子(Yoshizawa Mitsuko)

 

1989年埼玉県生まれ、2017年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻日本画第3研究室修士課程修了。2017年再興102回院展初入選、以降18年19年入選。2020年3月月刊美術美術新人賞デビュー2020グランプリ受賞。2020年10月19日(月)~31日(土)創英ギャラリーにて、2021年7月5日(月)~10日(土)ギャラリー和田にて個展開催予定。現在、日本美術院院友。

 

【関連リンク】吉澤 光子

 


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