[パリ通信] : ヴェルサイユの李禹煥=安部雅延

2014年08月20日 09:00 カテゴリ:コラム

 

ヴェルサイユの李禹煥

 

パリ東郊外にあるヴェルサイユ宮殿では毎年、現代美術の最先端で活躍する作家を招聘し、長期の展覧会を行っている。最もヨーロッパの伝統芸術が凝縮したとも言うべき王朝文化の結晶でもあるヴェルサイユ宮殿の斬新な試みでもある。

 

昨年の招聘作家はジョゼッペ・ペノーネだったが、今年は「もの派」の代表的作家と言われる李禹煥によるインスタレーションがヴェルサイユ宮殿の庭に展開されている(11月2日まで)。日本人作家としては2010年に村上隆が招聘されたが、今回は韓国出身で日本を中心にフランスでも創作活動をする李禹煥が選ばれた。

 

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アメリカや日本では、1960年代、芸術の世界では存在論が語られ、芸術活動にも大きな影響を与えた。フランスでも実存主義が一時的に持て囃されたが、芸術への影響はそれほど大きくはなかった。当時、李禹煥ら「もの派」と呼ばれた若き作家たちは人間が技術を駆使し、描き続けることそのものが疑問視された。

 

そのため、石や砂、木などの自然の素材に手を加えずに人間を含む周囲との関係性で作品を作る試みが当時、注目を集めるようになった。このセオリーの中心的存在だった李禹煥は自ら、その原理を実践し、作品を作り続けた。

 

だが、同時に人間がキャンバスの上に何か描くこと、線を引くこと、着色することの意味を問い続ける作品も多く制作され、当時の理論をベースに今日に至るまで真剣な問いかけを繰り返してきたように見受けられる。だから、最近、「もの派」が再評価されている理由もその辺りの執念を持った探求が評価されているとも言えるのである。

 

 

今回のヴェルサイユ宮殿の展覧会の見どころは、自身も語っているようにアンドレ・ル・ノートルによって計算し尽し完成された庭園に、李禹煥がどんな変化を与えられるかという試みだった。伝統的宮殿の庭園に奇抜で不釣り合いな現代アート作品が展示されるというレベルは、李禹煥の理論からいって望んでいなかったことだと思われる。

 

宮殿の建物、彫刻、見事に選定された樹木や彩りが計算された花々、それに庭園に動きを与える噴水といった西洋宮廷文化の結晶ともいうべきヴェルサイユの庭に、李禹煥が考え抜いて提示する自然素材である石や金属の板などが何をもたらすのかが注目点だ。

 

自身は「人工的に作り出された完璧性をどう超えるか」に苦心したと語っているが、10点の作品を庭園内に配置し、来場者はそこをめぐることによって何かを感じ取る仕掛けになっている。ル・モンド紙にしろ、フィガロ紙にしろ、仏教や禅の精神世界がヴェルサイユ宮殿に持ち込まれたように解釈しているところも興味深い。

(安部雅延・レンヌ上級商科大学常任講師/在パリ)

 

「新美術新聞」2014年8月1・11日合併号(第1351号)2面より

 


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