〈画廊の本音〉 孔雀画廊 - 伊賀静雄氏

2013年07月08日 14:36 カテゴリ:コラム

 

トップアスリートから美術商へ 京橋から次代の発掘を

 

東山魁夷氏(左)と若き日の伊賀氏

東山魁夷氏(左)と若き日の伊賀氏

美術商としては異色の経歴だ。スピードスケートで世界記録を樹立した人物など、そうはいない。「金の卵」と呼ばれ15歳で上京した少年が、アスリートとして大成し、美術商として名をなしていく歩みを、駆け足でたどる。

 

北海道・白糠町出身。酪農を営む家に生まれ、小学生から新聞と牛乳の配達をした。高校進学は叶わず、15歳で東京へ。築地の魚問屋では、朝3時半の起床が辛かったと思いだす。

 

職場近くにスケートリンクがあった。もともとスケートは得意。中学で好記録を保持していた姿は注目され、競技に力を入れるため、助言もあり高校へ入学。仕事、学業、スケートは多忙を極め、寝不足でみるみる痩せた。見かねた教師の紹介で、朝が早くない書店へと転職することになった。

 

巡りあわせは、運と努力の賜物か。全集や画集の飛び込み営業に回るその先に、孔雀画廊があった。仕事ぶりを認められ、創立者・小関文吾氏に声をかけられたのが18歳のとき。画商の第一歩を踏み出した。

 

伊賀静雄氏(62)

伊賀静雄氏(62)

職業柄、若い作家の作品を見る機会は多い。できる限り応援をしたいが、一番大切なのは自ら作品を「外に出す」ことという。「良い表現も的確な評価があってはじめて、作品として成立します」。その思いもあり、銀座から移転した京橋では、新たにART SPACEとしての運営をはじめた。「閉鎖的にしたくなかったのです。まずは来てほしい。いろいろな作家と出会うことができれば」と抱負を語る。

 

美術商と並行し、輝かしいアスリート人生を歩んだ。78年にはショートトラックの英国世界大会で1500m世界記録を達成。のちに東京都スポーツ功労賞を受け、現在は「アマチュア・スポーツ基金」の設立に尽力する。

 

画商としての転機は79年のこと。小関社長が急死し、画廊を存続するため「五山会」展(杉山寧、髙山辰雄、東山魁夷、西山英雄、山本丘人)開催へ奔走した。83年、最終回となる第9回展を開催。日に200人もの来廊者が歴史あるグループ展を一目見ようと詰めかけた。85年、看板を継ぎ、正式に独立した。

 

村田林蔵「雲湧く安曇野」

村田林蔵「雲湧く安曇野」

作家に望むのは、オリジナリティの強さ。有望な作家には、将来的にアトリエ提供も考えている。京橋ならではの静けさの中、天井高5mの新空間で、次代の才能を待つ。(袴田智彦)

 

孔雀画廊

【住所】 東京都中央区京橋2-5-18 京橋創生館1階 ☎03-3535-3334

【休廊】 土・日・祝日(展覧会期中は土曜開廊)

【開廊時間】 11:00~18::00

【関連リンク】 孔雀画廊

 

 

「新美術新聞」2013年6月21日号(第1315号)5面より

 


関連記事

その他の記事