そいつの名前は“エメラルド”
山本 千紘
一目見て印象に残る、ヤモリたちの生き生きとした表情と鮮やかな色彩。
リトグラフ作家・山本千紘の作品は、女子美術大学在籍時から、版画協会展はじめ数々の公募展で入選を重ねるなど、版画の次世代を担う若手として注目されている。
《POKOPOKO HATS》 2022年 65×45cm リトグラフ、紙、油性インク
小さな頃から人一倍の動物好き。カマキリやザリガニといった動物を捕まえては、四方八方から熱心に眺めていた。
なかでも爬虫類に対する愛着は格別。小学生の頃、教室に偶然迷い込んだ野生のヤモリを一目見て、衝動的に持ち帰ってしまったことがある。当時の愛読書にちなみ“エメラルド”と名付けたそのヤモリとは今や14年の付き合い。
「心にこみあげた“好き”という気持ちを消化するために表現しています」
《map》 2023年 67×95cm リトグラフ、紙、油性インク、アクリル絵具
子どもの頃、紙の上に鉛筆を走らせていたときの気持ちは、ダーマトグラフでリトグラフの版の上に描く現在でも変わらない。
だが山本の言う“好き”は表面上の愛着に留まらない。見て、触れて、感覚を研ぎ澄ませながら、対象の本質に迫ろうと山本は線を引く。
こよなく愛するヤモリは「この世で一番可愛い存在」のみならず、創作意欲を掻き立てる“モデル”でもある。
《welcome》 2023年 65×92cm リトグラフ 紙、油性インク 大作ともなれば下書きの段階で1週間近くを要する。同じ線を異なる紙に何度も引き直す必要があるなど、可愛らしい絵柄ながら時間と集中力を要するハードな作業。「リトグラフは他の技法と違って描き直しができないので、自分のやりたいことをすべて出し切るって気持ちでいつもやっています」と山本。
ヤモリに想像力を刺激され、山本は幻想的で、時に超現実的な版画表現を生み出すことができた。長年間近で観察し続けてきたからこそ描写できるヤモリの細かな動作や顔つきの表現も作品に魅力を添える。
「むかしから絵は現実に対する“癒し”でした。だから楽しくて、見てクスっと笑えるようなものを描いていければいいなと思います」
《BANANA Gecko》 2022年 45×35cm リトグラフ、紙、油性インク バナナから生まれるヤモリというユーモラスな着想。日常の事物やちょっとした気づきを、山本はヤモリを介し表現する。
大学卒業後は町田を新たな拠点とし、更なる制作に励むという。
飼育しているヤモリは“エメラルド”含め8匹になった。そんなヤモリたちに囲まれながら、山本の愉快な想像は、まだまだ膨らんでいきそうだ。
(取材:原俊介)
女子美術大学時代の工房。下書きから描画、刷りの工程までを行ったこの場所で、短くも濃密な時間を過ごした。
14年もの間さまざまな時を共にするヤモリ”エメラルド”。
山本 千紘(Yamamoto Chihiro)
2000年神奈川県生まれ。女子美術大学在学中の21年「第88回版画協会版画展」入選。23年同大芸術学部美術学科洋画専攻版画コース卒業。「女子美術大学卒業制作展」で卒業制作買い上げ賞。3月にGalerie Chêne Tokyo「若き版画家たち展」出品ほかグループ展多数。