[通信アジア]東アジア文学圏:青木保

2020年07月21日 10:00 カテゴリ:コラム

 

新型コロナウイルスの影響でアジアも外国も遠のいているが、文化の面でもこんな時、美術館・博物館、演劇、映画、演奏会、ライブハウスなどへ行くこともままならない(一部緩和されたとはいえ、これは到底普通ではない)、こういう時には本を読むことが大きな慰めとなる。ちらほら興味の湧く美術展・博物館展も開催され始めたのは知っているが、まだ増加中のコロナ禍のなか、混雑する電車などに乗って行くのは私など高齢者にとってはとてもではないが難しい。それに対して本を読むことなら自粛生活でも十分出来るし、それ以上にこんな状況での大きな救いとなる。

 

この連載で幾度も「東アジアに文化の時代がようやく来た」と言ってきたが、それは文学にもはっきりと表れていて、いつの間にか書店の海外文学の棚には、中国・香港・台湾・韓国の作家の作品の邦訳が並んでいる。東アジア文化圏とは、以上の4つに日本、そして東南アジア10カ国も入れるのであるが、今回ここでは先に記した4つの国・地域そして日本を対象として、いわば狭義の東アジア地域としたい。

 

言うまでもなくこの地域では文学が重要な意味を持つ。ノーベル文学賞も4人出ている。日本の川端康成、大江健三郎はもちろんのこと中国から2人、中国人作家でパリに住む高行健(2000年)と北京の莫言(2012年)である。

 

高氏の作品はいくつかすでに邦訳されているが、『逃亡』や『霊山』など日本でも読者が多い。しかし、中国語作家ではあるが彼はまさに中国から逃亡してフランスへ行き、国籍も取っている。チェコから亡命してパリに住むミラン・クンデラと似ている。クンデラは近年母国チェコ語ではなくフランス語でも小説を書いているが、高氏がフランス語で書いたとは聞かない。

 

莫言はそれに反して「体制側」との批判もあるが、ノーベル文学賞の受賞理由にもある通りその作風は幻想的幻覚的な表現によるリアリズムによって民話と歴史と現代を融合させたもので、代表作『赤いコーリャン(紅梁)』や『白檀の刑』また『酒国』などで日本でも以前から読まれている。日本へも幾度も来て講演をしている。チャン・イーモウ監督の映画化作品も上映されたので観た人はいると思う。こういういわば純文学作品を書き邦訳も出ている作家は他の東アジア地域にもかなりの数現れてきていて、愛読者も増えてきている。書店へ行ってみてください。

 

私が今回特に注目するのはそうした純文学畑ではなくて、いわゆるミステリー・SFの分野に属する作家たちのことである。実は、この分野ですごい作家が出てきているのだ。

 

私は純文学とか大衆文学、ミステリーなどというジャンル分けでの位置づけをしたくはない。私にとっては自分にとっていい小説なのか面白い作品なのかということが大事で、妙な位置づけをするのは読書にとって妨げになると思っている。それで今実に興味深く面白い小説が東アジアから出てきているのである。その筆頭が中国の作家・劉恣欣によるSF大作『三体』『三体Ⅱ』である。これは英訳本が世界最高のSF小説賞ヒューゴ賞を受賞するなど国際的な話題も豊富で、しかも雄大なスケールで宇宙戦争、地球人類対異星文明の戦いをそれこそ意表を突き、読み始めるや引き込まれてしまう。さすが物語の伝統ある中国の作家、その力量はずっしりと重たい。

 

さて、紙数も尽きたが、最後にもう一人香港の作家・陳浩基、この人は香港と台湾で活躍し日本でも読者は多いが、昨年のある雑誌のミステリー・ベスト・ランキングにも選ばれた作品『ディオゲネス変奏曲』をお勧めしたい。これは定評ある作者の短編集であるが、それぞれ趣向が凝らしてあって面白い。現代日本文化への親近感も感じさせ、内容は別として「いとしのエリー」なる題の短編もある。

 

そう、ご存じの方には今更の感があるであろうが、ノーベル文学賞から『三体』まで東アジア文化圏・文学圏は今や隆盛へのカーブを切っている。それではアートは、これは大きな課題に違いない。(政策研究大学院大学政策研究所シニア・フェロー)

 


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