[通信アジア] : アジア×女性×アート≒希望≦テンション = 黒田雷児

2012年09月24日 17:53 カテゴリ:エッセイ

 

アジア×女性×アート≒希望≦テンション

 

黒田雷児(福岡アジア美術館学芸課長)

 

アマンダ・ヘン「もうひとりの女 No.11」 1997年写真 福岡アジア美術館蔵

シンガポールでアマンダ・ヘンに再会。彼女は昨年シンガポール美術館で1991年以後の作品による回顧展を開き、この国でも先駆的な女性作家として評価を確立しているが、福岡アジア美術館にとっても重要な作家である。アジ美開館記念展である第1回福岡アジア美術トリエンナーレのテーマ「コミュニケーション~希望への回路」の形成には、彼女の『もうひとりの女』(1996―7年)が大きな影響を与えたからだ。

 

90年代から挑戦的なパフォーマンスをおこなってきたアマンダが、40代半ばになったとき、10人きょうだいで縁のうすかった自分の母親とのつながりをとりもどすために制作したのが『もうひとりの女』である。この写真連作は、主婦たちがもやしのヒゲをむしりながら語り合う習慣に基づくパフォーマンス『Let’s Chat』とともに、現代美術と無縁な市井の人々とのコミュニケーション――それも家父長制や特権的な男性だけが支配する社会では見えなかった「女同士の絆」の可能性を求めたものだった。

 

 

9月からアジ美で、アジアの女性アーティスト展「アジアをつなぐ―境界を生きる女たち1984-2012」が始まった。福岡展(2012年9月1日~10月21日)の後、沖縄県立美術館、栃木県美術館、三重県立美術館に巡回する本展は、4館の学芸員の共同企画であり、日本の近代から現代にいたる女性作家を緻密に調査した展覧会を開催してきた栃木の小勝禮子ほか、アジア現代美術に強い関心をもち、かつ発言力のある女性学芸員が日本各地に登場することなしには成立しなかっただろう。

 

山城知佳子「あなたの声は私の喉を通った」 2009年 ビデオ 作家蔵

本展には、アジア16カ国・地域(欧米在住者を含む)の合計50作家(作家・作品は会場によって若干異なる)の作品を集め、これまでに日本で開かれてきたアジア女性作家展としては最大規模となる。身体(繁殖、暴力など)、社会(男女の役割、女同士の絆、ディアスポラなど)、歴史(戦争、死、記憶など)、周縁化された技法・素材などの5つのセクションで多様なテーマ・手法・立場による表現が紹介される。前述のアマンダのほか、ナリニ・マラニ、リン・ティエンミャオ、シャージア・シカンダル、ユン・ソクナム、シルパ・グプタ、出光真子ら「大御所」や国際的な人気作家の作品、アルマ・キントやピナリー・サンピタックらのワークショップ的な仕事や、トリン・T・ミンハ、クム・ソニらの映像作品、ほか日本初紹介のモンゴルの若手作家まで、盛りだくさんの内容である。個人的に注目したいのは、米軍基地や周縁化の問題を最も切実に経験してきた沖縄の作家たち(石川真生、阪田清子、山城知佳子)である。山城ほどの衝撃的な作品は全アジアでもめったに出会うことがない。

 

 

本欄(新美術新聞「通信アジア」)でも前に書いたように、フェミニズムとアートという問題が表立った議論にならなくなって久しい。しかし、アマンダの『もうひとりの女』と山城の『あなたの声は私の喉を通った』(2009年)は、年長の他者とのポリフォニー(多声的調和)への希求において共通するが、前者の単純さと後者の複雑さを隔てる10数年の間に、様々な「境界」を生きる女性たちのテンション(緊張)は解消するどころか激化していったように思えてならない。

 

「新美術新聞」2012年8月21日号(第1288号)3面より

【関連リンク】 「アジアをつなぐ―境界を生きる女たち1984-2012」展 Facebook 

 


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