[通信アジア] ドーハで村上隆展を見る : 青木保

2013年08月21日 19:05 カテゴリ:エッセイ

 

村上ワールドに包まれたアルリワク展示場 撮影:筆者 ©Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

村上ワールドに包まれたアルリワク展示場 撮影:筆者
©Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

ドーハで村上隆展を見る

青木保(国立新美術館館長)

 

昨年6月、カタールの首都ドーハに初めて行った。6月のドーハは暑い。中東の灼熱地のことで当然といえばその通りなのだが、ねっとりとした暑気の中で身体が宙に浮くような感覚に包まれる。この感覚、以前ウズベキスタンの首都タシュケントで味わったのと似ている。アジア大陸の中央部の内陸と湾岸中東で、この同じような感覚に襲われた。

 

ドーハに来たのは、ここのアルリワク展示場で村上隆展が開催されているためである。この展示場、村上展のためにカタール美術館庁のシェイカ・アル・マイヤーサ総裁が新築したという展示場である。何しろ高さ3m、幅100mの「五百羅漢図」を展示するためには既存の施設では難しかった。国際見本市をするような展示場は広大すぎて美術作品の展示にはふさわしくないし、すでにある美術館では収まらない。総裁の王女様の決断で新設となったらしい。場所は海に面した広大な敷地内にあり、壮麗なイスラム芸術美術館もその中にある。

 

建物に入ってゆくと巨大な村上本人の座像に迎えられるところからすでに観客は村上ワールドに包み込まれており、おなじみの村上作品を見ながらカイカイとキキの図柄に彩られた床を通ってゆくと、奥の巨大な展示室に「五百羅漢図」が壁を覆って展示されている。これはかつて見たこともないような壮大で幽玄でしかもコミック、五百体の見事に描き分けられた羅漢像が大小無間にといいたくなる大画面に存在する。東日本を襲った大震災の衝撃をまさに正面から受け止めて形象化した現代芸術である。100mの長い絵をいく度も行き来しながら見る。そこに描かれた仏陀の弟子の修行者たちの姿には人間存在の苦と楽の諸相が見える。施された色彩の多様で多彩な豊麗さにも圧倒されずにいられない。ドーハまで見に来た甲斐が十分にあった。「五百羅漢図」が、しかし、日本ではなくカタールで展示されたというのは、美術館関係者としては残念ではあるが、昨年は日本とカタールの外交関係樹立40周年にあたり、この中東の一大資源国との関係の深まりを象徴するにふさわしい芸術展であったとは言えるであろう。

 

村上展には2日通ったが、注目すべきはイスラム芸術美術館である。ルーヴルのピラミッドを設計したペイがデザインした5階建ての美術館は美しくゴージャスで実に魅力的である。イスラム世界の美術作品の総体を示すようなさまざまな美術品に魅惑され幻惑されてすごした時間は忘れがたい。紙数が尽きたが、今湾岸首長諸国で起こっている「文化立国」の実態はもっと注目される必要がある。さて、冒頭に触れた灼熱のドーハだが、年末に新美術館へ来訪されたカタールの王子様の話では、時期が悪い、今(12月)ならすばらしい季節とのことであった。

 

「新美術新聞」2013年5月21日号(第1312号)3面より

 

 


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