洋画

     
   
朝の光の中を、山に向かって歩いていくと、いつかあの信州の小さな町に置いてきた秋の記憶がよみがえった。 古くなったアスファルトの道さえ消えて、むき出しの土の道がふもとの集落に続いていた。刈田の稲わらは、もう仕事は終えたと、黙って立っていたが、私はもうしばらく歩いて行こう。あの青春のときめきを追いかけて……。
若い漁師が夢を紡いだ浜小屋は、気が付けば、数々の思い出を包み隠して、年老いていた。それでも、入口の踏み固められた土と、引き込まれた電線は、日々のささやかな営みを語り続けている。<br />
老人はそっと思い出していた……。道の先の小屋では、共に紡いだ夢が、何年か前に終わっていたことを……。
九月、歳を経た農作業小屋には、人の気配ははなかったが、入口に立てかけてあった一輪車は小屋の主人が、実は、まだ十分に元気だと言っている表札だろうか。<br />
静かに時は流れ、やがて厳しい冬がやってくる。繰り返す季節の中で、また、少しずつ人も小屋も歳をとっていく。日ごとの記憶を刻みながら……。
那須岳は朝日に輝き始めたが、ふもとの牧舎は、まだ、かすかな夜の名残の中に沈んでいる。<br />
この高原には戦後、大陸から引揚げ、苦労を重ねて開墾をした人が多いという。<br />
朝が来て、仕事に汗を流し、また夜が訪れる。<br />
人々の昨日と同じように繰り返す生活の中で、牧舎も歳を重ねていくだろう。

   

 
 

江口光興

EGUCHI MITSUOKI

一水会会友、日本清興美術協会委員
 
1940年
1966年
2008年
2009年
2010年
2011年
 
2012年
2014年
2016年

 

東京都生まれ
信州大学医学部卒業
一水会展新人賞受賞
絵本「チーコのくれた宝物」(絵・文)出版
清興展文部科学大臣賞受賞
一水会展佳作賞受賞
絵本「おそとであそんだ日」(絵・文)出版
清興展大賞受賞
個展「江口光興絵画展−心の風景−」松本市美術館
個展「江口みつおき絵本原画展」塩尻市立図書館
絵本「ふしぎな国のおともだち」(絵・文)出版

 
     

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