製硯師 青栁貴史が初の個展「青栁派の硯展」を開催 ―次代の文化につながる仕事を

2018年03月03日 14:00 カテゴリ:最新のニュース

 

 

中国の伝統的な技術、思想を基盤として石材の優秀性をいかした硯づくりを行う宝研堂「青栁派」の4代目、製硯師・青栁貴史が初の個展を兼ねた硯展を東京・蔵前で開催している。3月5日(月)まで。

 

青栁は1979年東京都浅草生まれ。16歳の頃より古硯の修繕技術者であった祖父の保男、父の彰男に作硯を師事し、現在は日本や中国など各地の石材を用いた硯の製作から修理・復元、そして流通のプロデュースまでを一手に手掛ける。今年1月にはTBS『情熱大陸』でも特集されるなど、従来の硯職人とは一線を画すその活動が大きな注目を集めている。

 

硯職人でもない、作家でもない、「製硯師」。宮城県(雄勝硯)、山梨県(雨畑硯)、山口県(赤間硯)など多くの職人が産地定住を基本にその土地ならではの製法を継承し産業を支えてきたのに対して、青栁派の製硯師は山や谷のない東京・浅草に工房を構え、国内外での原石の採取から各地の硯の製法「硯式」を研究したうえでの多様な硯の製作、改刻や修理に古硯の復元まで「硯について何でもできる技術者」だ。技術者としての幅の広い活動が仕事の質を高めていくと考えるため、作家性を排除することに心を割き、手掛けた硯に銘を刻むことも無い。

 

 

 

 

展覧会では、青栁が20年にわたって製作した硯の中から25面を選り抜き、祖父、父が作った硯、道具や製作資料とあわせて展示。明代、清代の古硯から青栁が提案する新たな硯式まで、ひとえに硯と言ってもこれだけの作域の幅があるのかと驚かされる。「どの硯にもそれぞれの機能性や優秀性があって、この形でないといけないというルールはありません。素晴らしい硯材を用いて、その良さを殺さない仕事をすることが大事だと僕は考えています」。

 

なかでも自然石をそのまま展示しているかのような新たな様式の硯は、古硯の復元というこれまでの職人が手掛けなかった領域に挑戦する青栁ならではの作風と言えよう。古硯の復元において青栁は、石が生まれた山を実際に訪ね、当時の職人がどのような文化圏でどのような暮らしをしていたのか、どのような道具を使用していたのかを徹底的に調査したうえで製作にとりかかるという。「どのような硯にも必ず時代背景がある。文化という必然から生まれた形なんです」。ゆえに今の文化を付帯した硯を作ることも、現代に生きる製硯師の仕事と考えている。私たちの周りから自然が失われていくなかで、自然の産物である硯にその姿を投影させることはできないか―。想いの発露が、素体六面の自然美を保つ作硯方法につながっている。

 

 

会場では、神奈川近代文学館の依頼を受けて2017年に復刻製作をした夏目漱石愛用の硯も展示されている。硯石は現在入手可能な範囲で最も近い石材を使用し、製作技法は硯職人の文献が残っていないなかで当時の宮大工や刀匠の設計図や道具を徹底的に調査した。加えて同館が所蔵する膨大な資料をつぶさに検証し、漱石が筆を持つとき、墨を磨るときの姿勢や癖まで把握して製作にあたった。最終的に製作された硯とオリジナルの総重量は極めて僅差に。「この差は漱石が使って減らしただろう部分に相当する数字です。僕が製作した硯のなかで、一番自分というものを排除できた、製作者に“化けられた”硯です」。同作は本展で展示されたのち、神奈川県近代文学館で常設展示される。

 

 

また本展にあわせて、現代における硯の石材事情、技術、流行、状況を後世に伝えることを目的に記録書籍『製硯師』(天来書院)が刊行されている。青栁派とは、製硯師とは、祖父と父とのこと、そして新たな硯式のことまで自らの仕事をあますことなく書き表した。「個展」と銘打っているものの、この展覧会も四代続く製硯師の工房が鍛えた技術と育まれた精神性を表した展示会であり、青栁派工房の技術と知識の記録だと語る。

 

 

古来より日本に息づいてきた書の文化、毛筆文化は今日にあって失われつつある。筆、紙、墨、硯の「文房四宝」も今は昔、書道の大家であっても紙と筆と墨汁のみで制作してしまうような時代の流れに警鐘を鳴らす。「2020年のオリンピック、おもてなしも、英語を覚えることも良いですが、日本の文化を取り戻すことの方が大事ではないでしょうか」。かつての名工がそうだったように、この時代に生きた製硯師としての仕事が、次の時代の文化に貢献できるのではないか。「社会の認識そのものを変えることは僕にはできませんが、そのきっかけにはなることならば出来るんじゃないかと考えています。硯は単なる石の造形物ではない。僕の仕事をこうして伝えていくことで、少しでも気づいてもらえたら嬉しいですね」。

 

 

 

【展覧会】青栁派の硯展

【会期】2018年2月20日(火)~3月5日(月)

【会場】蔵前MIRROR シエロイリオ3F EASTギャラリー(東京都台東区蔵前2-15-5)

【TEL】03-5820-8121

【休廊】会期中無休

【営業時間】11:00~19:00(最終日は18:00まで)

 

【関連リンク】「青柳派の硯展」公式ウェブサイト 宝研堂 ニッポン手仕事図鑑

 


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