【銀座】 新井光風作品展 回顧自選作品 新作・老子荘子語句

2013年04月01日 19:40 カテゴリ:日展

 

書の巨人・西川寧(やすし)を師に、中国古典を現代に生き生きと甦らせる篆書作品により書壇を代表する一人として活躍する新井光風(あらい・こうふう、1937年東京生まれ、日展常務理事、読売書法会常任総務、謙慎書道会会長、大東文化大学名誉教授)の初個展が開催される。回顧作31点・八幅、六幅などの大作10点を含む新作17点の計48点により満を持した作品発表となる。書作のこと、個展のことなどお話を伺った。

 

「明且鮮」2003年 106×181cm 第35回日展出品 2004年恩賜賞・日本藝術院賞受賞 日本藝術院蔵

「明且鮮」2003年 106×181cm 第35回日展出品 2004年恩賜賞・日本藝術院賞受賞 日本藝術院蔵

 

 

■書に親しむきっかけ

 

新井 子供の頃、筆がぐにゃぐにゃと動く感触が面白く、興味を持ちました、思い起こすとそれが書に親しむ原点といえるかも知れません。転機となったのは、17、18歳の頃、日展で西川寧先生の楷書を見て感銘を受けたこと、また『書道講座』(西川寧編・二玄社刊)の頁を捲り「書の世界は、奥深く大変なものだな」と感じたことです。それで本気になって書に取り組みたいと思いました。

 

そして神田の書店で中国・北魏時代の「張猛龍碑」の拓本を見て大変驚きました。凄い楷書で、現在でも私が一番素晴らしいと思う楷書です。暗記するように夢中で臨書し、お経のようにして字形と文章を覚えました。現在でも空で言える所は少なくありません。さらに北魏「龍門造像記」も同じように臨書し、この二つが私の楷書の基礎となっています。

 

■篆書へのこだわり

 

新井 西川寧先生にお世話になった頃は、先生に折帖を書いていただき、漢時代の木簡を学びました。ほとんどの書体は隷書です。10年程は木簡の隷書の類をやっていました。その過程で、日展の特選を2度受賞(1972年第4回改組日展、1978年第10回改組日展)、2点とも隷書の作品でした。それが、だんだん篆書に変わっていったのです。時代的には漢から時代を遡るようなかたちで、隷書から篆書に自然に変わっていきました。いつの間にか篆書の人間になっていました。

 

篆書に移行してからは、秦の始皇帝の時代の小篆の典型とされる「泰山刻石」を学びました。私の篆書の基礎となり、きれいに整理された寸分も狂いのない文字です。篆書に行き着いたのは、好みや体質、性格によるものだと思います。もちろん、普段は楷書、行書、草書、隷書も書きます。

 

(書棚にある背がぼろぼろになった208冊の『書跡名品叢刊』(二玄社刊)を指差し)あれは好きなものだけでなく、古典に学びたいという姿勢で手当たり次第に臨書しました。好き嫌いなく幅広くいろんなものを見て臨書しなければなりません。書は一本の線が命と思います。一本一本の線に命を込め、その線の存在感を考えると無駄な線は一本もありません。宋時代の詩人・書家の蘇東坡の書論の中に、「神気骨肉血」―この中のひとつを欠いても本当の書にならないという意味で、書を人間の身体に例えています。ですから、書というものは「生命の断面」を定着させることだと思っています。生きている現在の、命の瞬間を紙に定着させる、恐ろしい行為だと思います。書を楽しく、面白くなど、私はそういう気持には全くなれません。

 

「老子語」(含德之厚 比於赤子 毒蟲不螫 猛獸不據 攫鳥不搏 骨弱筋柔而握固) 2013年 106×181cm

「老子語」(含德之厚 比於赤子 毒蟲不螫 猛獸不據 攫鳥不搏 骨弱筋柔而握固) 2013年 106×181cm

 

■今回の個展について

 

新井 お蔭様で今日まで長く書の世界におりますが、作家として76歳のこれまで一度も個展を開いたことがありませんでした。ここで自分の足元をもう一度見つめ直し、新たな一歩を踏み出して行きたいと思います。大勢の方にご覧いただき、いろいろとご意見ご指導いただきたいです。

 

「回顧自選作品」「新作・老子荘子語句」の二つの構成にしました。「回顧自選作品」では、第34回謙慎書道会展で西川春洞先生記念賞、第4回改組日展で特選を受賞した35歳・1972年を大きな節目と考え、この年以降の作品を陳べます。これまで比較的多く発表した横形式の作品が多いです。また「新作・老子荘子語句」は、過去にも何回か書いているのですが、老子・荘子の名言名句に内蔵されている言葉の奥義、言葉の響き、それらに感銘を受けたことがしばしばあり、選びました。

 

書きにくいもの、うまくいきそうにないものにも敢えて取り組んでみました。書きやすいものは恰好良くまとまりやすいのですが、だんだん面白くなくなるんです。それなら、書きにくくて人がさけるような題材や素材を相手にして、自らの尻をたたく、そんな事を考えたこともありました。老子の「一生二二生三三生萬物」のように横画が二十以上ある言葉など一般的に作品にする人はいないのですが、敢えて書いたことがありました。苦しみながら自分を見つめることにより、新たに何かを創ろうとする意識が生まれてきます。

 

■今後について

 

自宅書斎の新井光風氏

新井 大学を退いてからは、半紙ではなく改めて折帖に臨書をしています。常に真剣勝負です。楷行草隷篆と書体を問わず臨書し、半紙とは違い、捨てられない、間違えられないという真剣勝負を自らに課しているのです。本気で書かないと無駄が多く、体に入ってきません。いままでになかった基礎の質を高めようと思います。でも真剣にやればやるほど夢中になるのです。現在二百冊ほどになりました。

 

文字を書くときは、西川先生に学んだ書法に学び、わずかな字数でも徹底的に調べてから書くことにしています。三文字しか書かないからといって、辞書から引っぱって並べただけでは底が浅くてどうにもなりません。徹底的に調べないことには。

 

■若い人へ望むこと

 

新井 表現を豊かにするため、基礎をしっかり築いて欲しい。古典を学び臨書を繰り返し、表現の土台を作ってもらいたい。大東文化大学で教えていたときは、1、2年生には臨書ばかりやってもらいました。まず基礎を固めて、それを土台にすれば表現が崩れません。それがないと、その場限りの作品になって先が伸びないわけです。呼吸に例えると、臨書は空気を吸うこと、表現するのは空気を吐くこと。吸ったものがないと吐けないわけです。だから思いっきり吸って思いっきり吐くことが大事なんです。(3月5日、自宅書斎にて)

 

【会期】 2013年4月2日(火)~7日(日)

【会場】 東京銀座画廊・美術館(東京都中央区銀座2-7-18 銀座貿易ビル7階)☎03-3564-1644

【休館】 無休

【開館時間】 10:00~18:00(最終日のみ17:00まで)

【料金】 無料

「新美術新聞」2013年4月1日号(第1308号)1面より

 


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