富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] :メキシコの威力

2020年11月26日 10:00 カテゴリ:エッセイ

 

「Vida Americana(American Life)―メキシコ壁画がアメリカ美術を変えた 1925-1945年」展の展示風景。左より:フリーダ・カルロの自画像《私と私の鸚鵡》1941年、アルフレド・ラモス・マルティネス《カラー売り》1929年、フリーダ・カルロ《二人の女》1929年 筆者撮影

「Vida Americana(American Life)―メキシコ壁画がアメリカ美術を変えた 1925-1945年」展の展示風景。左より:フリーダ・カルロの自画像《私と私の鸚鵡》1941年、アルフレド・ラモス・マルティネス《カラー売り》1929年、フリーダ・カルロ《二人の女》1929年 筆者撮影

 

NYが都市閉鎖になる以前に開幕したホイットニー美術館の「Vida Americana (American Life)―メキシコ壁画がアメリカ美術を変えた1925―1945年」展は是非とも見ておきたい展覧会の一つだった(会期は1月31日まで延長)。

 

アメリカの南の隣国メキシコで起こった革命(1910-17年)に触発された壁画運動を核に、それがアメリカ美術の形成に与えた影響を考える展覧会だ。メキシコの壁画家が抽象表現主義に与えた影響は以前から知られていたから、必ずしも新しい視点ではない。

 

また、メキシコを訪れて現地で実見、学習したアメリカ人画家も少なくないし、レーニンの肖像を描いて議論になったリベラのロックフェラーセンター壁画、また現在も見ることができるデトロイト壁画に代表されるように、アメリカの大都市でもメキシコ壁画は制作された。またジャクソン・ポロックや友人のフィリップ・ガストンが学んだシケイロスの実験工房の例もあり、メキシコからの影響の大きさは今さら言うまでもないだろう。

 

ただ、今回新しいのは、抽象を理念としたモダニズムの系譜に偏向することなく、メキシコ壁画が直接に影響した社会意識の強いアメリカ絵画全般を考えている点だ。いわば抽象の裏番組と言ってもいいだろう。

 

そして、そこには一口で「具象」や「リアリズム」でくくってしまえない多様な表現がはらまれていた。

 

たとえば、ベン・シャーンの戯画的リアリズムによる《サッコとバンゼッティの受難》があり、ジェエーコブ・ローレンスが人物表現を抽象化して黒人の南部から北部への大量《移動》を描いたシリーズがあり、フィリップ・ガストンのマニエリスムの効いたトマス・ハート・ベントン風の《砲撃》があり、さらには移民作家・石垣栄太郎の社会主義リアリズム風《人民戦線の人々》がある。

 

Vida Americana展では、ディエゴ・リベラの壁画《人類:宇宙の制御者》1935年を複製で紹介(奥の壁)。右壁にはベン・シャーンの名作《サッコとバンゼッティの受難》1932年が見える Photo: Ron Amstutz

Vida Americana展では、ディエゴ・リベラの壁画《人類:宇宙の制御者》1935年を複製で紹介(奥の壁)。右壁にはベン・シャーンの名作《サッコとバンゼッティの受難》1932年が見える Photo: Ron Amstutz

 

ジェーコブ・ローレンス《移動》シリーズ第3パネル《あらゆる南部の町から何百人もが北部に向かう旅に出発した》1940–41年 フィリップス・コレクション © 2019 The Jacob and Gwendolyn Knight Lawrence Foundation, Seattle / Artists Rights Society (ARS), New York

ジェーコブ・ローレンス《移動》シリーズ第3パネル《あらゆる南部の町から何百人もが北部に向かう旅に出発した》1940–41年 フィリップス・コレクション © 2019 The Jacob and Gwendolyn Knight Lawrence Foundation, Seattle / Artists Rights Society (ARS), New York

 

メキシコ壁画の社会性とともに、土地に根差したテーマも見逃せない。しばしば「民族性」なる言葉で形容されることの多い「文化と生活」の表現は、アイゼンスタインの《メキシコ万歳!》などドキュメンタリー映画の上映をはじめとして、本展の魅力の一つになっている。特に労働者とならんで、ローカルな女性の表象が印象的だ。

 

メキシコ絵画の定番、フリーダ・カルロの自画像と並ぶのは、アルフレド・ラモス・マルティネスの《カラー売り》。両者ともに正面を見据えて芯の強さを主張する。アメリカ側の女性表象ではセルマ・ジョンソン・トリートの《働くニグロたち:労働の場における女性を中心とする壁画習作》が目を引いた。

 

ところで近年、社会的テーマとナラティブ性の際立った絵画が多くなっている。これはコロナ禍のもとでBLM運動が広がる以前からのアメリカ絵画の傾向だった。だが、アートが出自の異なる人々のあいだで歴史の共有を可能にしていく一つの方法だとすれば、イデオロギーを越えた地点で、民族革命を背景にしたメキシコ絵画の展開から学ぶべきことは多いように思う。 

 

 

セルマ・ジョンソン・トリート《働くニグロたち:労働の場における女性を中心とする壁画習作》1944年 Collection of Bernard Friedman

セルマ・ジョンソン・トリート《働くニグロたち:労働の場における女性を中心とする壁画習作》1944年 Collection of Bernard Friedman

 

≫ 富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] アーカイブ

 


関連記事

その他の記事