富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] :人気作家の来し方

2018年03月26日 10:00 カテゴリ:エッセイ

 

 

ホイットニー美術館でグラント・ウッド(1891-1942)の回顧展を開催中だ(~6/1)。

 

アメリカで一番有名な絵画作品《アメリカン・ゴシック》を1930年に発表して、一躍人気作家になってしまった画家である。こういう作家は実は評価が難しい。そもそも人気度と芸術度は異なるし、ウッドのようなアメリカ第一主義は今や誤解される危険すらある。

 

35年ぶりという今回の回顧展で興味深いのは、作家のルーツである装飾美術の仕事や、1920年代には4回渡欧し印象派を中心として学習した成果を紹介するともに、画家として成功した後にも手がけた挿画やデザインの仕事も紹介している点だ。積極的に評価するなら、アート&クラフツ運動の延長線上にアメリカ的ポピュリズムを体現した作家を見ることができると言えるだろう。

 

まず第一室は、装飾デザインをしていた20年代を中心とした作品群。ステンドグラスや銀器にくわえて、ルネットの装飾画などに独自様式を確立する以前の作例が見られる。

 

特に目を引いたのは、トウモロコシのシャンデリア。ホテルの食堂のインテリアデザインの一部で、アイオワ州特産のトウモロコシをテーマにした通称「コーン・ルーム」のためのデザインだ。中西部的キッチュでもあり、ポップ・アート的でもあり、都会人には判断が難しい。が、これをポップと解釈したくなるのは、同年の作品に《露地のユリ》と題されたオブジェ3点があるからだ。陶製の植木鉢に、小さなガラクタを組み合わせて花を作り彩色したもので、卓抜な感性だと思う。

 

 

 

こういう感性は、印象派とは相容れない。20年代は印象派への学習意欲が濃厚だが、大恐慌後のアメリカで台頭した自国主義―つまりは小さな共同体の価値観を崇敬し、勤勉と自立心に根ざして農業に生きる地方の町や村を中心とするアメリカ像を絵画で表現した《アメリカン・ゴシック》で、30年代という時代と直截に切り結ぶことになる。

 

この作品は、悪い意味でイラストと絵画の中間にあり、キッチュに限りなく近い。総じてウッドの人物はイラスト的な平板さで表面をなぞっている感がある。

 

 

それにくらべると風景画はイラストを越える強度がある。抽象化された形態を重ねながらも、なおマジック・リアリズムとも形容される不思議な存在感がみなぎっている。人物表現は同時代的観察の必要な肖像画が多かったからかもしれないが、風景画の根底には、画家の子供時代に遡行するような、アルカディアを夢見る理想主義があったからだろう。

 

その意味で、高校で教えていた20年代に生徒と共同制作した《想像の島》は、単純化された風景表現とともに、ウッドの理想主義を予告するような言葉が残されていて興味深い。「子供時代には誰でも持っていた夢見る力」は、物質文明に生きる肉体を作っていく過程で忘れられてしまい、「私たちの想像力のメカニズム」は枯れてしまう。だから肉体では生徒達の描いた《想像の島》を訪れることはできない。ただ「あなたの魂だけが訪問できるのです」。

作品すべて © Figge Art Museum, successors to the Estate of Nan Wood Graham/Licensed by VAGA, New York, NY

 

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