[フェイス21世紀]:糸賀 英恵〈鍛金作家〉

2019年12月26日 11:00 カテゴリ:コラム

 

”うつろいの美を求めて”

 

工房で《往きつく花の御山かな》を手に(2019年12月6日撮影)

工房で《往きつく花の御山かな》を手に(2019年12月6日撮影)

 

糸賀英恵は多摩美術大学デザイン科で鍛金の技法に出会い、金鎚で銅板を叩き自らイメージするフォルムに近づけていく面白さに夢中になった。

 

しかし鍛金の立体作品の多くが板を袋状に閉じることに対し、「裏表のある銅板なのに、最後は表だけ主役になることが多いことが気になった」。裏表を余すことなく見せたいという思いは募るものの大学4年間で作品テーマを決めることができず、卒業制作作品は光をイメージしたフォルムの小さな開口部から、わずかに裏面が覗くだけだった。

《時だけが》2015年 195×110×100㎝ 銅

《時だけが》2015年 195×110×100㎝ 銅

 

テーマを模索しながら大学院に進学したが、2年生のときに転機が訪れる。前衛いけばな作家・中川幸夫の作品に出会ったのだ。生々しく花の生命に迫るかのような中川のいけばなに衝撃を受けた糸賀は、花をテーマにしようと決意するとともに英語の“Flower”という言葉をFlow-er(うつろうもの)へと読みかえた。美しく咲くもいずれ散っていく花はうつろいを体現する存在であり、開ききった花弁にはしっかりと裏表が見える。目指すべきテーマが決まるとそれまで種のように固く閉じられていた銅板が徐々に開き始め、熔接で繋ぎ合わされたドレープ(ひだ)が複雑に交差するフォルムへと変化していった。

 

銅には作者の心身の状態が強く反映される。「コンディションが良いと、ときおり予想もしなかった良い形を見せてくれるのが銅」という。自らのうつろいまでもが銅板に重なりゆくなか、12月14日から平塚市美術館で個展が始まった。外光が降り注ぐホールには、大学院時代から現在まで約20年の間に徐々に“花開いていった”作品17点が並ぶ。

 

「今回の個展を区切りに、自分と銅が次にどう変化していくのか楽しみ」と語る糸賀は、これからもしなやかに一打一打を繋げながら、銅との尽きることのない対話を続けていく。

(取材:南雅一)

 

(左)《さしこみとひらき》(横浜美術大学蔵)2015年 112×87×110cm 銅 (右)《フォトン ~光の単位~》(卒業制作)2001年 銅、MDF

(左)《さしこみとひらき》2015年 112×87×110cm 銅
(右)《フォトン ~光の単位~》(卒業制作)2001年 銅、MDF

 

(左)《ちりぬるを》(第69回行動展会友賞)2014年 178×50×91cm 銅 (右)鍛金技法を駆使してつくられたジュエリー作品。ジュエリーアーティストとの一面も持ち、2019年第14回ジュエリーデザインコンテストで都知事賞を受賞。

(左)《ちりぬるを》(第69回行動展会友賞)2014年 178×50×91cm 銅
(右)鍛金技法を駆使してつくられたジュエリー作品。糸賀はジュエリーアーティストとしての一面も持ち、2019年には第14回ジュエリーデザインコンテストで都知事賞を受賞。

 

銅板をガスバーナーで500~600℃に加熱したあと、水で冷やすと手で曲げることができるほど軟らかくなる(焼鈍)。軟らかい状態の銅板をアールを持った当て金に乗せ、金鎚で叩くと組織が歪み硬くなる(加工硬化)。この焼鈍と加工硬化を繰り返しながら、銅板をイメージするフォルムに近づけていく。

銅板をガスバーナーで500~600℃に加熱したあと、水で冷やすと手で曲げることができるほど軟らかくなる(焼鈍)。軟らかい状態の銅板をアールを持った当て金に乗せ、金鎚で叩くと組織が歪み硬くなる(加工硬化)。この焼鈍と加工硬化を繰り返しながら、銅板をイメージするフォルムに近づけていく。

 

糸賀の作品は曲面加工した銅板同士をTIG熔接で繋いでいる。継ぎ目は金鎚で叩くことで消えるという。熔接で発生するアーク光から目を保護するため、光センサーで自動遮光するヘルメット型の熔接面を使用している。

糸賀の作品は曲面加工した銅板同士をTIG熔接で繋いでいる。継ぎ目は金鎚で叩くことで消えるという。熔接で発生するアーク光から目を保護するため、光センサーで自動遮光するヘルメット型の熔接面を使用している。

 

作業台に置かれた《往きつく花の御山かな》。作品に応じて緑青液などを使い銅を着色する。背後に見えるのは《fluere》のドローイング。ドローイングで大まかなカタチを描くが、実際に金鎚で打つと銅は予想外の形を見せることが多い。この銅の動きに呼応しながら次の一打を決めていく工程は、“ジャズの即興演奏”に近いという。

作業台に置かれた《往きつく花の御山かな》。作品に応じて緑青液などを使い銅を着色する。背後に見えるのは《fluere》のドローイング。ドローイングで大まかなカタチを描くが、実際に金鎚で打つと銅は予想外の形を見せることが多い。この銅の動きに呼応しながら次の一打を決めていく工程は、“ジャズの即興演奏”に近いという。

 

(左)「糸賀英恵展 うつろいのかたち」(2019年12月14日~4月5日、平塚市美術館)初日に開催されたギャラリートークにて《flow-er》(2002年)の解説を行う。中川幸夫のいけばなに衝撃を受け、花をテーマに制作した原点ともいえる作品。ホールに降り注ぐ外光で萌芽した作品内部が輝いている。 (右)最新作《fluere》(2019年)はラテン語で「流れ」の意味。水辺のアヤメが水にとけこんで消えていく、究極のうつろいのかたちを表現した。《flow-er》から《fluere》への変化に注目。

(左)「糸賀英恵展 うつろいのかたち」(2019年12月14日~4月5日、平塚市美術館)初日に開催されたギャラリートークにて《flow-er》(2002年)の解説を行う。中川幸夫のいけばなに衝撃を受け、花をテーマに制作した原点ともいえる作品。ホールに降り注ぐ外光で萌芽した作品内部が輝いている。
(右)最新作《fluere》(2019年)はラテン語で「流れ」の意味。水辺のアヤメが水にとけこんで消えていく、究極のうつろいのかたちを表現した。《flow-er》から《fluere》への変化に注目。

 

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糸賀 英恵 (Hanae Itoga)
 

1978年神奈川県生まれ、2001年多摩美術大学デザイン科立体デザイン専攻クラフトデザイン専修(金工)卒業。03年多摩美術大学大学院美術研究科デザイン専攻修士課程修了。03年GALARIE SOL(東京)、08年ギャラリー四門(神奈川)、10年ギャラリー元町(神奈川)、13・15年ギャルリー東京ユマニテbis、16年ミライ工芸発心ステーション(高松三越)にて個展開催。04・09年あさご芸術の森大賞展入選。12年第67回行動展奨励賞、14年第69回行動展会友賞、15年第31回淡水翁賞最優秀賞。18年より多摩美術大学工芸学科金属コース非常勤講師。19年12月14日~4 月5日「糸賀英恵展 うつろいのかたち」(平塚市美術館)開催。

 

【関連リンク】平塚市美術館

 


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