[通信アジア]2019暮れ、上海&香港報告:南條史生

2019年12月16日 11:00 カテゴリ:コラム

 

上海のポンピドゥー外観

上海のポンピドゥー外観

 

先日、上海のシンポジウムに招待された。美術館をテーマにしたシンポジウムということで、タイトルは、Global Art Museum Summit とずいぶん大がかりである。出発の直前に当局の決定でこうなりましたと言ってきた。行ってみると、上海アートフェアの開幕に加え、ポンピドゥーセンター(上海分館)の開幕式に合わせたイベントで、MoMA、グッゲンハイム、ハーシュホン、ボストン、シカゴ、それにアブダビルーブル、ライクスミュージアム、V&Aなどの美術館から関係者が集まっていた。

 

シンポジウムの前日に、ポンピドゥーの開幕があり、全員で招待された。建築は、イギリスのデヴィッド・チッパーフィールドのデザインで、外部も内部も特徴はあまりない。建物は一見小さく見えるが、ラーニングの部屋や講堂まで含めると、かなりの面積がある。

 

展覧会はフランスを中心とした近代から国際的な現代までの名品が集まっていて、展覧会としては小さいが質が高い。特にブランクーシ、ジャコメッティ、シャガールなどは、努力して名作を持ってきたという様子に見えた。

 

しかし不思議なのは館名で、名前は West Bund Art Museum になっている。その橫にダブルネームのようにポンピドゥーセンターと書いてある。そして開幕式には大統領のマクロンが来てスピーチしたのに、中国側の要人が全く来ない。本来なら習近平が来てもおかしくないのに、来たのはウエストバンドの区長だけであった。

 

翌日、朝から夕方までホテルでシンポジウムが開催されたが、そこでも挨拶にポンピドゥーの名前は全く出なかった。後で訪問者たちの中では、これはどういうことなのだろうと、ひそひそ話になった。中国側はポンピドゥーの開幕を喜ばしくは思っていないのか、新手の植民地主義と取っているのか、国と国のデリケートな関係性のせいなのか、謎であった。しかし近くにはユズ美術館、タンク美術館、パワーステーション美術館などが立ち並ぶ美術館集積地帯で、翌日から上海アートフェアも開催される重要な場所であった。

 

さて、もう一つ、長く通って知己も増えた香港のことを書いておこう。ニュースで知られるとおり、学生運動の盛り上がりで大変な混乱で、収束するかどうか現時点では見えていない。不幸なことである。あれで香港が今後うまく民主化するかどうかおぼつかない。

 

今回のことで香港が失ったものは大きいだろう。もちろん中国が失ったものも大きい。美術関係者として心配なのはアートバーゼル香港である。収斂の方向が見えないと、外国人訪問者でもアートを買う気分が乗らないだろう。しかしアートバーゼル香港は、良くも悪くもアジアで最大、最高の質を誇るアートフェアだ。それがもし失墜すると、それに変わるマーケットの中心が簡単に作れるとは思えない。

 

もちろん、状況の変化に応じて東京が名乗りを上げて、香港に変わるというポーズはしてみても良いのではないかと思うが、同じレベルに持っていくには相当の政治力、力量が必要だろう。つまるところ、香港が低調になると、美術業界的にアジア全体の損失につながる。ギャラリーによっては、アートフェアでの売り上げで一年を支えているような所もあると聞く。そういうギャラリーはどうすれば良いのか。

 

最後に日本も、今年話題になった表現の自由問題で、ウィーンでの日本展のケースのようなものが知られると、政府が作品の選別をしている印象を与える。それは日本で開催されているあらゆる国際展にとって大きなダメージとなる事を考えた方が良い。今後国際展に招待された外国人作家は、検閲があることを想定し、出展するか辞退するか、考えなければならなくなるからだ。

 

マクロな視点に立つと香港に限らず、英国のブレクスイット、アメリカのトランプ政治、中東の流動化など、2020年は美術業界が政治に振り回されそうである。

 

アートが栄えるにはいつも、平和で解放され自由な市場・経済、それに民主主義的な思想環境が必要だと思う。それを考えると、2020年の美術業界は荒浪を越えて行くことになるのかもしれない。(森美術館館長)
 
 

開幕式でスピーチするマクロン大統領

開幕式でスピーチするマクロン大統領

 


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