[画材考] 版画家:遠藤美香「しもやけとバレン」

2019年04月02日 17:00 カテゴリ:コラム

 

自作したバレン

自作したバレン

 

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《水仙》 2015年 182×91㎝ 和紙、墨 

指に赤い発疹、関節にあかぎれが切れる私の手。こんな「しもやけ」ができる手は、余程、肌が弱いのだと思われるが、そんなことはない。漆が付いてもかぶれない手なのだから。

 

大学時代、O先生に教えられて、私はバレンを自作した。バレンの黒い部分には漆が塗ってある(写真参照)。気を付けろと言われた矢先、ヘラを落として漆が手に付いた。O先生が漆を拭き取り、私の手に椿油を擦り込んだ。手はかぶれなかった。

 

大学を卒業して久しいが、O先生は私の個展にずっと来てくれる。木版もバレン作りも遊ぶように研鑽を積む先生は、出会ったときそのまま。細い指先で糸を縒(よ)る身振りを見せられると、椿油を擦り込まれた感触が蘇る。頑張っている褒美に絹糸のバレンをくれると言ったO先生。いまだ貰えず。先生、バレンまだですか。

 

それにしても「しもやけ」。高祖父が建てた家は駿河湾沖地震で傾いたまま。現在、住まう私に隙間風をあてる。一升餅を背負い、雛人形を並べ、成人式の写真を撮ったお座敷で、私はコートを着て制作をする。尻の下の畳、白蟻巣食う縁側、祖父が気儘勝手に植えたサツキ、随時片づけをする母、皆、描いた。

 

私がいる場所も、やっていることも、思う人も、一緒にいる人も変わらない。一つでも変わったら、私はもう作品をつくることはできない。そうなったら。そうなったら、得度しようか。源氏物語を読んでから憧れがある。そんな人生もいい。

 

《新聞》2013年 91×114cm 和紙、墨

《新聞》2013年 91×114cm 和紙、墨

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遠藤 美香 (えんどう・みか)顔写真調整新03
静岡県生まれ、在住。日本版画協会会員。2007年日本大学芸術学部版画専攻卒。同年棟方志功版画大賞展棟方記念大賞受賞。09年愛知県立芸術大学大学院修了。第1回青木繁記念大賞西日本美術展 石橋財団石橋美術館賞。10年第28回上野の森美術館大賞展 入選。11年シェル美術賞展2011本江邦夫審査員奨励賞。第79回版画協会展 最優秀準会員賞。13・14年FACE展2013・2014入選、16年同展グランプリを受賞。
【パブリックコレクション】損保ジャパン日本興亜美術館、鹿沼市立川上澄生美術館、南砺市立福光美術館、沼津市、久留米市

 

 


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