富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] : 未来派の全体像

2014年09月03日 13:31 カテゴリ:コラム

 

未来派の全体像

 

(左)テュリオ・クラーリ 《パラシュートが開く前》 1939年 油彩 141×151cm Casa Cavazzini, Museo d’Arte Moderna e Contemporanea, Udine, Italy. © 2014 Artists Rights Society (ARS), New York / SIAE, Rome. Photo: Claudio Marcon, Udine, Civici Musei e Gallerie di Storia e Arte (右)フォルトゥナート・デペロ 《黒と白の小悪魔、悪魔のダンス》 1922–23年 ウール端切と綿布 184×181cm MART, Museo di arte moderna e contemporanea di Trento e Rovereto, Italy. © 2014 Artists Rights Society (ARS), New York / SIAE, Rome. Photo: © MART, Archivio fotografico

 

イタリアの未来派は、大学院で「美術における運き」をテーマに修士論文を書いているときからの疑問だった。

 

そんそも詩人マリネッティが、1909年にフィガロ紙など新聞の第一面を使って壮大に打ち上げた「未来派宣言」が機械文明を謳歌しているのに、表現のほうは点描からはじまって連続写真の応用やキュビスムの分派的美学で古いという印象はぬぐえない。また第一次世界大戦がはじまると戦争賛美へと展開、ロシア構成主義と比べても、むしろレトロな運動に見えてくる。

 

今から思えば私の無理解の理由はいくつもあった。第一次大戦をはさみ、ファシズムから第二次大戦へと続く歴史の中で展開した息の長い運動の全体像と変化が見わたせなかったこと。イタリアの地政学的、歴史的背景を抜きには、おびただしく出された宣言類を理解しにくかったこと。そして文学や美術のみならず、映画から建築やファッション、デザインにおよぶ実験性が図版情報だけでは捉えきれないこと、などなど。

 

遅報となってしまったが、今回のグッゲンハイムの「未来派―宇宙を再構成する」展は、私にとっても待望の企画であり、未来派研究の厚みを感じさせられる展観だった。(会期は2/21~9/1)

 

作家総数80余人、出品数360点を越える展観は編年的な構成。マリネッティの宣言に触発されてボッチョーニやバルラなどの画家たちが結集した最初期。ダイナミズムを試みた絵画やパロール・イン・リベルタとよばれる自由詩を開発した「英雄的時代」。北伊での民族統一戦線にマリネッティが賛同し、戦争賛美の絵画も制作された大戦期は、デペロなどの若手が参加しバルラと「未来派による宇宙再構成」宣言を出す。またマリネッティのファシズムへの接近も始まり重要な転換期だ。20年代は「未来派第二期」で機械美学が多彩に進展していく。30年代には、大戦での戦闘機の台頭を受けた「航空美学」が登場、一方で未来派を国家芸術の地位に押し上げようとするマリネッティの努力は実らず、1944年その死をもって未来派は終結する。

 

未来派の航空美学は、大戦以降のイタリア軍の空軍補強とも関連し政治色の濃いものだが、下から見上げる視点ではなく飛行する上空からの視点を取り込んだ点で、クラーリの諸作品は興味深い。

 

バルラとデペロの協働した《花火》のための舞台デザインの展示風景 Photo: Kris McKay © SRGF

 

 

バルラとデペロの協働した《花火》のための舞台デザインの展示風景 Photo: Kris McKay © SRGF

全体には総合芸術的、ジャンル横断的な試みが新鮮で、1932年にカンパリソーダのデザインをして有名なデペロの多彩な活動は注目される。抽象化した人体をモチーフにした絵画彫刻だけではなく、メンバーのための抽象柄ベストのデザイン、「造形的舞踏」のためのマリオネットの制作など意欲的だ。特にディアギレフのロシアバレー団のためにバルラと協働したストラビンスキーの《花火》のための舞台デザインは紙の習作のみならずデジタル映像による再現が展観され、さらには照明効果を再構成し体験型の空間を提供する。ダイナミズムを身上とする未来派の片鱗を堪能することができた。

 

(富井玲子)

 

「新美術新聞」2014年9月1日号(第1354号)3面より

 


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