【インタビュー】 文化庁長官就任から1年 青柳正規長官に新たな施策・方針を聞く

2014年07月14日 17:00 カテゴリ:文化行政

 

2020年東京オリンピック・パラリンピック開催と芸術文化振興に向けて

 

昨年7月、独立行政法人国立美術館理事長、国立西洋美術館長、全国美術館会議会長など美術界の幅広い活動の現場から芸術文化振興を司る立場の第21代文化庁長官に転身した青柳正規氏。就任後、間もなく2020年東京オリンピック・パラリンピック開催そして直近の富岡製糸工場の世界遺産決定のまで話題は数多い。長官として就任後は美術史家、美術館人としての知見、長年培った人脈と持ち前の行動力は更に加速し、現代美術の海外発信の支援策など新たな施策を次々と展開しつつある。就任から1年、青柳長官にその施策、今後の方針を聞いた。

 

 

―文化庁長官にご就任から1年が経ちました。この間2020年東京五輪開催の決定後、幾つか重要な施策を打ち出されていますが。

 

青柳長官(以下、青柳) オリンピックのことからお話します。前回のロンドン・オリンピックが典型的なのですが、そこではかつてないほど文化プログラムに力を入れました。それがロンドン・オリンピック、パラリンピック成功の一因です。

 

なぜそうなのか。オリンピック開催地の決まるのが6年ほど前で、決定した1年くらいは“五輪熱”に溢れるのです。ロンドンの場合がそうです。そのあと少し下火になるのです。下火になったものを盛り上げるためには、ただ単にオリンピック・パラリンピックのことを大騒ぎしても決して盛り上がりがなく、実際はその文化プログラムで盛り上げていくしかないのです。それで開催までの約6年間をある一定のテンションをもって維持しなければいけない。そういう意味で文化プログラムが非常に重要になってくる訳です。しかもオリンピック・パラリンピックという一種のお祭りを契機に自分たちが、文化プログラムを創る場合にどの様な資産をもっているのか、どういう隠しダネがあるのか、どこに誰も気が付かなかった宝石が転がっているのか、を掘り起こす作業する絶好のチャンスなのです。

 

それは自分たちの文化の総体を把握するためのいい機会にもなる。そしてオリンピックを盛り上げる。文化プログラムがオリンピック以前、そして以後の日本にとって大変重要な催しなのだということが、ロンドンを見ていてつくづく考えます。だから、なるべく常にいろんなところで様々なお祭りやイベント、ビエンナーレ、トリエンナーレ、アートフェアが開かれているけれども、それらを見直しながら何がまだ足りないのか、既存のものならばどうすれば日本全国に波及出来るのか、こちら「A」とそちら「B」を組み合わせるともっと相乗効果でより素晴らしくなる、などを現在、模索している段階です。

 

青柳正規文化庁長官=文化庁長官室にて

 

―いまアジアが注目されていますが、国際文化交流という観点から日本はどう対処するのでしょうか。

 

青柳 アジア文化都市事業などを実行してみますと、例えば中国の都市・泉州ではこのような新しい試みを実践しているとか、あるいは韓国の広域光州市ではこれを始めている、また日本の横浜ではこれをやっているとか、それぞれ非常に参考になる工夫をしているのです、だけれどもよく考えると各都市にはそれなりの歴史と文化的な背景とか、いろんな要素があるのでただ真似ても仕様がない。やはりそれぞれが自分たちの町のこれまでの推移・経緯をきちんと認識し、そこに合うものをどう作り上げていくか、ということです。ちょうど作家が一つの作品を工夫しながら作り上げていくのと同じような創意工夫がそれぞれの町で必要なのです。もちろん、その時はネットワーク上に載っている、あの町ではこんなことをやったらしいから少し作り変えてやってやろうという場合もありますが、やはりその地域、町独自の創意工夫がないとちゃんとした文化創造都市にはならない。それがあるので我々はネットワークを広げると同時に町々の特質を是非出してほしい、あるいはそれを自分たちでよく認識してくれることをお願いしています。

 

―最近多い地域と結んだ国際現代美術展についてはどう思われますか。

 

青柳 これも重要です。世界の動向がどうなのか、それと日本のレベルはどうかとみること。また若い作家たちが海外の作家たちがどういう仕事・活動をしているか。これを日本の中で見られる訳です。特に若い人は世界中を歩き回っていいものを見て歩くなんてことは制約もあって出来ませんから、そういう意味ではトリエンナーレ、ビエンナーレ開催は重要な役割をしています。

 

 

■この1年で一番印象的なこと― 平成25年度 文化芸術創造都市4市をみて 文化庁のこれからの仕事は、文化を軸にした地域興し

 

 

―ユネスコの世界遺産委員会でカタールのドーハに出張で行かれて戻られたばかりですね。

 

青柳 2泊4日で行ってきました。今回はタフな交渉とか難しい話合いでなく、議題の世界遺産候補が大体決まっている会議でしたから長期の滞在ではありませんでしたが「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産に正式に登録され、群馬県知事やユネスコ日本大使と共に喜びました。

 

「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界遺産登録決定が決まり、握手を交わす大沢正明群馬県知事、青柳正規文化庁長官、門司健次郎ユネスコ日本政府代表部大使(左から)=6月21日、カタール・ドーハ ©共同通信

「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界遺産登録決定が決まり、握手を交わす大沢正明群馬県知事、青柳正規文化庁長官、門司健次郎ユネスコ日本政府代表部大使(左から)=6月21日、カタール・ドーハ ©共同通信

 

―就任後、いろんなプログラムを公表されています。

 

青柳 私はこの1年で一番印象的だったことは、文化芸術創造都市部門の表彰のために尾道市(広島)、八戸市(青森)、いわき市(福島)、千曲市(長野)の4市を回ったことです。それぞれの市が非常に工夫をして町の活性化を達成しています。今までは地方地域の活性化は、例えば公共事業とか財政補助とかお金、産業が中心でしたけど、経済的には難しくなっているから元気が出ない。そういう地域に経済を復興させようとしても元々重厚長大産業が衰退していったからダメになった部分も多々あって、抜本的な方策とは経済ではない。もう文化なのです。創造都市とか創造農村というかたちで様々に活性化しているところもある。

 

農林省でも経産省でも出来ない、文化を軸にした地域興しが文化庁のこれからの大きな仕事の一つになります。4都市を回って実際に見て、手に取って分かるように感じました。例えば尾道は町中に階段坂が大変多く決して立地条件は良くないけれども、昔の江戸時代は島根の藩が尾道に出てきてそこを起点に船で参勤交代に行ったらしい。島根の藩のお屋敷が在って、それが空き家になっていたのです。

 

それを土地の人たちが建築家と協働して改装し素晴らしい旅館に変えている。キッチン付きの長期逗留型の宿泊所です。海岸縁には穀物倉庫があり、大きなボリュームを持っているので、その鉄筋コンクリートの中にホテルとレストラン、台湾の有名な自転車メーカーの店がある。その近辺はサイクリングが非常に盛んな所ですから日本中から自転車愛好家が集まるようになってもいる。しかもホテルには自分の自転車を持ち込んで壁に掛けられるようにもなっている。これも文化をよく分かっている人たちが実施するから上手く行っているのでしょう。

 

尾道は小津安二郎監督の映画『東京物語』の撮影場所で、それを積極的に表に出して売り込んでいます、ですから小津ファンもわざわざ遠くからやってくる。小津さんや原節子さんが泊まった日本旅館がまだ残っている。当然、皆さんはその部屋に泊まりたいと希望される訳です。

 

またNPOは空き家をバックパッカーが泊まれるような宿泊所にしている取組もありました。それらを見ていると土地の知恵ある人達が文化を軸にしてやる気を起こせばかなりのことが実現できると理解できます。

 

■海外から引合いが増えている現代美術

 

―現代美術の海外に向けての支援を打ち出していますが。

 

青柳 まず現代美術に関しては海外からの引き合いが増えている事実があります。我々が気の付かなかった日本美術の良さを海外の方々が教えてくれている。

 

戦後早々から昭和40~50年位まで書道では墨象派のグループがいて、それぞれが競争するように制作活動を展開し自分自身のスタイルを身に付けていった。その中で例えば井上有一とか篠田桃紅とかが登場する。この方々がいま再評価されつつある。ですからこれらの国際的に通用する書家の展覧会も表に出していきたいし、もちろん現代美術も。本年度は1億円程度の予算ですが、国際交流基金とも協力し波状的に美術展を海外で開き、その結果として作品が売れて、それを見て若い人たちが自分たちも続いて行こうという勇気を持てるようないいサイクルを早く造りたいと考えています。若手作家を主にしていますが、海外のキュレーターたちが再評価し引き合いが出てきているところもあり、それにはきちっと応えていきたいと思います。

 

―国の支援はやはり重要なのですね。

 

青柳 それは非常に重要です。特にこれまで十分に陽が射さなかった分野・流派とか、あるいは作家達、しかし海外でも評価されうる、力を持っている人達。それらを前面に最初に押し出すためには国のバックアップがやはり非常に大事です。それをフランスなどは実に上手く行っている。国のバックアップがないからつまらないことに時間を使って努力をして消耗してしまうケースが多々ある。最初の立ち上がりが大事なのです。それが回転し出せば後は雪ダルマ式に大きくなっていきます。

 

■創造力担保のためにもアーカイブは非常に重要

 

―文化資料のアーカイブの重要性を有識者会議でも力説されましたが。

青柳 いまどこで何をやっているか、多くの人がインターネット上で知っている。だから新しいものを生み出すという時に、たとえば俳句でいろいろ情報を知ってないと結果、同じものをつくってしまう場合があるように、美術の世界でも自分自身ではオリジナルで決して他を真似たものでないと思っていても、結構似たものが出てくるのです。散々苦労してやっと生み出したのにもかかわらず結果的に似たものがあることで無視されてしまう、という残念なことが実際結構起きている。

 

それはアーカイブをきちっと作っておけばもっと新しい、そして誰もやったことのない、あるいは新たな組み合わせ、AとBをあわせてCを創るというものがある。ですからこれからは創造力を担保するためにもアーカイブは非常に重要になってくるのです。

(文責 編集部)

 

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